―――お前には挟撃部隊を率いてもらう。徳川軍の後方から叩け。我が主君、三成様は私に密命を下した。私は間髪を容れず引き受けた。

「今までよく尽くしてくれた。これが最後だ、期待しているぞ」

ああ、私はこの方に出逢えてよかった。この方に仕えてきてよかった。野山に潜んでいた昔「私に仕える気はないか」と差し伸べた手を取ってよかった。強く強く思い、胸を衝く万感の想いを込めて「はい」と返す。背中を向けていた彼だったが、心無しか肩の力が緩んだように見えた。



 兵士を預かるというのは、遊撃として戦場を駆けていた自分にとっては初となる試みで正直窮屈さを感じていたが、三成様から「挟撃」としての下命を賜った以上は欠けてはならない。ゆえに兵士一人一人によくよく言い聞かせた。来る日私たちは三成様の悲願を叶えるのだ、そのために一丸となって持てる限りの力を敵に食らわせろ、と。彼らは勇んで雄叫びを上げ、我らは徳川軍を討つべく山間を通って背後へ回る。三成様曰く、そこには味方の手勢が待機してるため合流してから進軍しろ、とのこと。あと少し、あと少し歩けば希望が掴める。その一心で繁茂を抜ける。視界が開けたその場所にあったのは、見知った仲間たちだった。

「ああ、良かった……!お前たちは無事だった―――」

喉を震わせた刹那のこと。視界はぐにゃりと波打ち、ぐるんと回って黒く染まる。最後に見たのはこちらに弓を引く味方の姿だった。





―――目を覚ました自分が見たのは、立派に設えられた室内の景色だった。上体を起こそうとしてそれができない状態に気づく。何枚もの鎖帷子を重ねたかのように全身が重く、言うことが聞かない。なんだこれは、と呟いた言葉が声になったのかもはっきりしない。そんな中、遠くから歩いてくる足音が部屋の前で止まり、襖が開けられる。

「気がついたか」

入ってきたのは、気を失う寸前に見た男だった。瞬間、激しい怒りが脳天を衝き、火花を散らす。

「―――っ!!」

「まずは毒矢を用いて乱暴に連れてきたことを詫びよう。安心しろ、毒と言っても一時的に気を失わせる程度のもので、既に解毒も済ませている。体が動かんのも喋れんのもそのせいだ。じきに喋ることができよう」

男は感情を削ぎ落とした顔と声で淡々と説明した。しかし聞きたいのはそんなことではなかった。激しい怒りを剥き出す私はきっと般若そのものだろう。荒い鼻息が大きく聞こえるのもそのせいだ。男は横たわる傍で胡座になり、自分を見下ろす。男の素性は知っていた。自分と同じく三成様の配下で、三成様がこの男を誉めるのを度々耳にしていた。直接の交流は数える程度だったが、その中でもなるほどどうして信頼が得られる人物だと思ったものだ。それがよもや裏切り者だとは思わず、睨めつけても男の眉はまんじりとも動かない。

「言っておくが、これは三成様の命によるものだ」

「―――!」

飛び出した名前に目を見開いた。どくん、と心臓が大きく跳ね上がる。瞬く間に血の巡りが早くなっていき、伴って頭が割れるように痛くなる。嘘だ、あの方がそんなこと言うはずがない。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。

「嘘だ!!!」

舌の筋肉がこわばってまともに動かせずにいたが、怒りとは恐ろしいもので、怒号と共に指先を動かすにまで至った。しかしそれで力尽きてしまう。呼吸が上がってしまい、またもや全身に酷い倦怠感が巡る。胸を上下するのがやっとなほどに。男は一切顔色変えず、身動ぎせず、続きを紡いだ。

「嘘ではない。だがお前は私以外の言葉を信用しないからと、これを見せるよう仰せつかっている」

己の袂から取り出したのは何かを包む布巾だった。なんだそれは、と食い入る私の前でそれを緩めていく。中から現れた一口の湯呑み。雷に打たれたような衝撃が後頭部を殴る。それはあの日、あの方と茶を飲み交わした湯呑み。この命尽きるまであなたの忠臣としてありつづける、と彼とそういう契りを交わしたのだ。忘れるはずもない大切な記憶。褪せた色のその湯呑みもしっかり覚えている。武士を真似た私の拙い決意表明に彼が真面目に向き合い、期待している、と言い放って飲んだことも覚えている。

「三成様は最後の大軍おおいくさにお前は要らぬとの仰せだった。今まで尽くしたことに最大の感謝を。お前は自分には過ぎた忠臣だった、と。これからは自分のために生きよ、と。そして三成様は徳川軍に敗北し、―――先程六条河原で処刑されたとの知らせが入っている」

目の前が黒く塗り潰されていく。ああ、無駄に生き永らえてしまった。恥辱とも呼べる思いが胸を満たした。





あなたのために死にたかったのだ