金木犀が哀愁を運んでくる菊月の某日。晴れ渡る空の下を駆けながら道を迷っていた。

「姫ー! 甲斐姫ー! 何処におられるのですか!」

声を飛ばしながら城内を回っていたら、ふいに炭火の臭いを感じた。何かを焼くような特有の臭いに先導されるがまま脚を進めると臭いの根源は誰の目にもつかなそうな城の裏側であり、城壁より顔を出した自分はその先の人物を見咎めて声を荒らげた。

「姫!!」

先程よりも声を張ったので遠くの人物は同時に振り返り、その顔貌を大いに歪めた。駆け寄った私に苦虫を噛み潰したような笑いを寄越し、背後のそれを体躯で隠そうと動く。今更阿りの言葉を吐いたところで姫がここで何をしていたかなんて隠せるはずもなかった。

「七厘を隠そうとしても無駄ですよ。今度は何をしていたのです、姫」

「そんなに怒んないでよ。ちょっと芋を焼いてただけ」

背中に回された腕が諦めたように前へ出され、その手には言い分通り芋が握られていた。見事な焼き色の芋からは食欲を煽るような香りが立ち上っており、齧られた跡がくっきり残っている。深く溜息を落としたくなった。

「召し上がりたいのでしたら私か他の女中に申し付けくださればお作りいたしますのに……」

まざまざと観察すれば姫の指がほんのり赤くなっていることに気づく。

「指まで痛めて……。姫自らこのような雑事せずともよいのですよ」

「名前ってば過保護なんだから、もう。私だってね、子供じゃないの。これくらい冷水に当てればなんともないわよ」

疎ましげに手を払ってみせる姫。昔からそうだ。私の言は全て小言だとまるで聞き入れてくれない。女人の身でありながら戦地へ赴かざるをえないからこうなってしまわれたのだろうか。家を出てもおかしくない年齢ということを思い出し、胸が痛んだ。

「でしたら痕になる前に冷やしましょう。すぐに氷水をお持ちしますゆえ。ああ、七厘はそのままに。他の者に片せますから」

「細かいわねえ。――えい!」

「むっ……!?」

何を思ったのか口へ芋を突っ込まれる。焼かれて時間が経つのかそれほど熱くないが、出し抜けの行動に「姫!」と笑っている姿を非難する。暖簾に腕押しのようだが。

「せっかく焼いたんだから今食べないと勿体無いわよ」

「それは、そうですが……」

「いいじゃない、誰の目にも触れないんだしちょっと肩の力抜くくらい」

そう言って私の目元をそっと指の腹で撫でる。声の調子がすっと下がる。

「いつも全力なんてそのうち倒れるわよ」

はたと気づく。振り返ればここ二、三日はろくな睡眠がとれていない。新人の指導に追われていたからだ。憂いを宿す眼差しに、溜まっていた負の空気が自然と抜けていくのが分かった。もう一口、芋を口へ含む。噛まずとも崩れた柔らかい食感と甘い味に破顔する。

「……よければご相伴させてください」

姫は大変嬉しそうに笑う。戦国乱世の時代、女中の目元を見てくださるこの姫がどうか不幸な目に遭いませんように。願わくば、彼女のこの優しい手が傷つきませんように。胸にひっそりしまいこんで芋を噛じる。気になって「何処から入手したんですか? この芋」と聞いたら視線を泳がされたので雷を落としたのは言うまでもない。