人って予想外のことに遭うととんでもなく思考が鈍るらしい。どんな場面でも冷静であれるようにと英才教育を受けたらしいこの男も、それは例外ではないようだ。
「なっ、何故そんな顔をする!」
「いや……。だって、ねえ?」
「何がねえ、だ!お前の言い分をこの私がせっかく聞いてやったんだぞ!」
だからもっと嬉しそうにしろ、などと怒ってくるが、そもそも論として彼が私の嬉しそうな顔見たさに何かをしたことなんてなかったし、あれを真に受けたなんてもっと信じられないのだ。
「―――縁談を反故にした理由を真に受けてこんなに貢ぐとは思わなかったの」
ついひと月前。さる高名な武将との結び付きを強固にしたいと父が言い出し、将を射んと欲すればまず馬を射よという言葉通りまずは側近に取り入ろとして、私と縁談を組んだ。会うだけでもと懇願する父に折れて顔を合わせた刹那、その男はさも夫婦の契りを済ませたかのように尊大で無礼な態度で私を馬鹿にしてきたので、青くなる父にその場で反故を言い渡したのだ。縁談を反故にした報は間を置いて昔馴染みの鍾会の耳にも入り、理由を訊ねた彼には「真珠や絹やその他財を貢いでも尚、私が好きだと言ってくれる人じゃなきゃ嫌」と言った。我ながら我儘が過ぎると自覚していたが、今後あのような男に言い寄られる隙を作らないためにも誇張しておいた。そして何故か、今度は鍾会が数々の金銀財宝を引き連れて私に求婚してきた。
「鍾会ってば私のこと好きじゃないでしょう。どうしたの?急に……」
よく交流が深い者には他者より丸くなると言うが、そんなのに当てはまらないのがこの男だ。今でも顔を合わせれば憎まれ口叩くし、一度曲がってしまった根性は成長しても健在だし、素直じゃないだけと理解しても彼が自分を見初める点だけはどうしても理解できなかった。俯いた彼はぼそりと何かを呟いたが小さくて拾えなかった。
「ごめん聞こえなかった。もう一回言ってくれる?」
「――っ、好きだったんだと言っているんだ!昔からな!」
「…………は」
「お前の頭でも理解できるように砕いて言ってやったんだ!相応の見返りはあるんだろうね?」
「え、は。え?」
「なんだその顔は」
「え、いや、驚いちゃって……」
現実がまだ受け止められない。だって昔から何かと突っかかってくる鍾会が、その実自分に懸想していたなんて、誰がすぐに順応できようか。彼は冗談は上手じゃない。というか言わない。変に真面目すぎるから。必然的にこれ冗談の類ではなく、本心となるわけで。今更ながらに照れが出てきて、顔が見れなくなった。ぎゃいぎゃい騒ぎ出す彼を横目で一瞥する。すっかり赤みは引いているけど、私に向けられる目からその必死さが伝わってきて、同様に騒ぐ自分の心臓を宥めるように目蓋を伏せる。絹よりも宝玉よりも、彼の気持ちが欲しいと思ってしまった。