あなたは例えるなら夏の日差しのようだ。強い陽光で俺の心を熱く焦がし、色濃い影を落とす。物陰から出た自分を、満遍なく染め上げる苛烈なその熱は、己の五感を茹でて麻痺させた。一目、この視界にその姿を入れたらたちまち固まってしまうほどに。会えなくなると求め、会うと何も考えられなくなる。そんな人だった。太陽のような彼女は必然多くの民に好かれ、その足下には庇護を希って他国からも集まってきている。本来ならば喜ばしいことなのに、彼女の周囲に知らぬ顔が増えるにつれ、胸に空いた穴が肥大化していくのを感じていた。
「我ながらなんと情けない……」
かぶりを振って卑しい気持ちを払拭する。朱塗りの酒杯には並々と酒が注がれていて、赤を湛えた水面は吐いた溜息によって揺らされていた。水面が均一になると、そこには鬱屈とした内面を晒した情けない男の顔が映っていた。それを見て三度、溜息が自ずと漏れてしまう。なんの巡り合わせか、彼女に才を買われて丞相などといった位まで戴いている。信用していない人間を懐に入れる者など居ない。それを推量すれば確かに信用されているだろう。内政にしろ戦事にしろ、彼女はまず俺の意見を聞いてくれる。彼女の考えと対立することがあっても処されず、時には折れてくれる。こんな君主は探せど望めどそうそう現れないだろう。そんな彼女に全幅の信頼を寄せられるというのは、この上なく誇らしいことだ。それをわかっている自分が居るからこそ、というべきか。自分の居場所は彼女の隣しかないというのに、彼女は僅かな隙間しか与えてくれない。それがどうしようもなくもどかしいのだ。
「―――あなたはいつか俺に飽いて、新しい誰かを召し上げるんでしょうか」
目線を動かす。先程までたわいないことを語らっていた彼女が、驚愕を露わにして硬直している。予想もできぬ流れだ、無理もない。手酌を見かねてせっかく温情に与ったというのに、己の口は既に手中を離れてしまっていた。
「戦場ではどんな策も用意できるのに、あなたの前に立つと俺の心は思うようにならない。退屈させてしまっていることを理解しても、何も出てこなくなってしまう。……どうか、こんな男は情けない奴だと笑ってください」
「元直」
凛とした一矢の声が空気を変える。字名を呼ばれるだけで、胸中にとぐろを巻いていた暗雲が立ち所に霧散し、一縷の光明が降る。
「我が剣、我が瑞鳥。お前が私の前に現れた時、書物に出てくる吉兆の印とはお前を言うのだと心から思った。だから私にはお前が必要だ、お前なしに天下を治めるなど考えられない。我が瑞鳥たるお前は一体何を憂いている?」
温かなぬくもりが頬に伝わる。自分のそれよりも一回り小さく柔らかい手のひら。しかし中には武人の証があり、相反する手のひらに縋りたくなった。瑞鳥と呼んでくれるあなたなら。こんな俺を慈しんでくれるあなたなら。
「…………赦しを」
「赦し?」
「瑞鳥と呼んでくださるあなたにかような願いを抱いてしまう赦し、を」
「それはなんだ」
「―――あなたの傍にありたい。他の誰よりも近くに」
願わくば自分だけで埋めてしまいたい。その願いだけはついぞ吐き出すことはしなかった。