夢主視点
私はよく誰かを怒らせる。手先が不器用なので、縫い物しようとしては布と糸を駄目にして母に怒られ、耕すのを手伝おうとしては鈍臭さを父に怒られ、髪を結ってあげようとしては却って乱して妹に怒られ。お前は何をやっても駄目な奴だ、と笑われるのも怒られるのも失望されるのも数え切れないほど。だから彼が今何を言おうとするか、手に取るように理解した。
「―――なんだ、この有様は」
襖を背にして佇む姿からは不快といった気持ちを全面に押し出され、眉根をぐっと寄せられる。冷たい声と眼差しを見るのもこれで何度目か。つくづく自分は彼を怒らせてばかりだ。
「貴様には後方支援すら務まらぬのか」
「……ごめんなさい」
「前線ではろくろく戦えぬまま負傷し、後援では敵の術中に嵌り……。左近の救援がなければ、お前は兵たちの食糧を奪われ殺されていたのだぞ」
家を追い出された私は彼の傭兵となった。戦に送られるくらいの腕はあったので、最初こそ役に立てていた。だが規模が膨らむにつれて小隊を任されるまでに至ると、途端失敗続きとなった。怪我など茶飯のことで、長い目で見逃してくれてた猶予もついに切れてしまい、後援に下げられた。その矢先にこれだ。憤りを越えて失望するのも頷ける。
「ごめんなさい……」
申し訳なさに項垂れると、頭上から深く息をつくのが聞こえた。
「お前のような愚図に割く兵力が惜しい」
「……はい」
「追って沙汰を下すゆえ、それまで謹慎を言い渡す」
「殿、少しは温情ってもんを―――」
「黙れ、左近。これのことは俺が決める」
左近殿の言葉を容赦なく斬り捨て、部屋を出ていく。しんと静まった室内に左近殿の溜息が響いた。
「ちっとばかし厳しすぎると思うんですがねぇ……。怪我人に真っ向から冷水をかけることないでしょうに」
彼は優しいひとだ。失敗続きで使えない自分にいつも温かい言葉をかけてくれ、こうして殿からお叱りを受けた際はこっそり気遣ってくれる。
「いいえ、左近殿。殿の言うとおりですよ。期待に応えられなかった私が悪いんです」
左近殿は考えるようにしばらく黙り込み、やがて口を開く。
「なあ、あんた。いつまで続ける気だい?」
「続ける……?」
「わかってんでしょ。自分が戦いに向いてないってことくらい」
合わさっていた視線が、横たわる私の体へと移る。
「荒事に適していない痩躯で無茶し続けると、いつかぽっくり折れちまう。自分の意図しない形でね」
生まれた時から丈夫ではないこの体。病にこそ罹らないものの、力仕事といったことにはてんで使えない。すぐに疲労が限界に達してしまい、早々に力尽きてしまう。日常のあれこれだけでも手一杯なのがほんとうのところだが、はいそうですかと握る剣を捨てられない。
「―――私にはこれしかありませんから」
何処にも行く宛てのない私が生きられる理由。生きていい理由。生きられる場所。それらすべては彼の下にある。
「もし倒れてしまうなら、それでもいいんです。私は最期まであの方の傍に居たいんです」
「死ぬとなってもですかい?」
「覚悟の上です」
きっぱり言い切ると、何か苦い物を噛み潰したかのような顔で大きな息をつかれた。
「あんたにはもっと別の生き方があるでしょう」
「別の生き方、ですか?」
「そ。たとえば何処ぞの家に入るとかね」
「ええと……?」
「鈍いお人だ。嫁ぐという意味ですよ」
「ああ……。自分に、どなたかに嫁げるほどの価値も器量もありませんよ」
「貰い手は居そうだがねぇ。たとえば、―――殿とか」
飛び出した人物に、思わず目を瞬かせる。したり顔の彼を見て、ようやく冗談なのだと気づいて噴き出した。笑う私に彼がやれやれと後頭部を掻く。
「やはり通じませんか」
「流石にわかります。―――でもありがとうございます」
「礼を言われるようなことはしちゃいませんがね」
「いえ。左近殿にはいつも助けられてます。先の戦でも左近殿の助太刀がなければ、私は今頃斬られてました」
自分の失態で大切な部下までも危機に晒した。一人、また一人斬られていく部下。自分は向かってくる敵を倒すことで精一杯で、次の行動を決めることに至らなかった。だからあの時左近殿が小隊を引き連れてやって来なければ、あのまま敵の勢いに壊滅させられていた。考えれば考えるほど、自分はつくづくあの方の期待に応えられていないことを実感する。
「あまり根を詰めすぎないようにしてくださいよ。あんたに倒れられたら困るお方が居るんでね」
「そう……なんですか?」
「そうですよ」
じゃあ俺は行きます、と言って部屋を出ていく。再び訪れた静寂。襖を隔てて聞こえてくる草木の揺れる音。襖の白さが際立つほど明るい陽光が差し込まれる部屋で、自分の胸中には濃く深い影を落としていた。たまに考える。何故、こんな自分がここに留まっていられるのだろうか、と。何もできず、何も成せず。兵の中には自分への嫌悪を隠さない者も居る。自分をいつまでも捨てないあの方にも向ける者も居る。だからたまに死んでしまおうかと思うのだ。死んだところで迷惑をかけることには変わりないが。