おしゃべりな月夜鳥のご乱心
賑やかな燕楽と華やかな料理に囲まれ、こぢんまりとした邸店の中はまさに百花繚乱のごとく盛っていた。酒と料理との食欲が掻き立てられる匂いに押され、眼前の無防備な背中に腕を回した。
「おや。あなたから出迎えてくれるなんてどうしたんだい?」
かなりの酒を過ごしているというのに、唇から紡がれる言葉に酔いの欠片もなく、努めて穏やかで落ち着いていた。低い声が耳朶を震わし、その変わりない様子に内心少しだけ落胆する。
「だって呼んでくれないもの」
「すまないね。あなたのことを忘れていたわけじゃないんだ」
「存じてます。他の目付けに忙しかったのでしょう?」
つい、と横へ視線を滑らせると両脇に座っている女たちと目が合う。どれもが自分より年若く、肌艶も乗っている。髪を彩る飾りはきっと彼からの贈り物なんだろう。眉間に力が入っていたらしく、彼女らは罰の悪そうな顔で俯いてしまった。
「私に、怒らせてしまった償いをさせてくれないかな」
柔らかな声が降ってくると共に腰に腕が回され、彼の隣へと座らせられる。書き物する仕事に就いていると以前聞いたけれど、こうやって触れる腕は戦仕事する男となんら大差ない。彼の肩に頭を預けると、布に焚き染められた香の良い匂いが鼻先をくすぐり、思考がぐらついた。この人はこうやって甘やかな毒を浴びせるのだ。ゆるりと顔を持ち上げ、双眸を見る。栗色の瞳はこの状態であっても尚凪いでいた。
「―――では奉孝様のご寵愛をくださいませんか」
一瞬、双眸が小さくなる。穏やかな微笑を湛えた顔貌に混ざったのは驚愕だけではないことは、いくら無学な自分でも悟った。しかし自分はそれを狙っていた。胸裡から覗いた本意はすぐに表情の裏に隠れ、そこには誰が見ても穏和に映る美しい笑みが広がっている。腰に回されていた腕が離れ、二人の間に挟まっている私の手を掬い上げる。
「勿論。あなたに乞われて拒む理由などないよ」
「まあ。嬉しい」
互いに見つめ合うこのひとときだけは、誰にも邪魔されない。毒に犯され感覚が麻痺していても、それでも尚、私はその毒を飲み干すのだ。
翌日の昼下がり。文を持ってきたのは、昨晩彼と共にしていた女だった。一枚の紙を手渡すや否やそそくさと退出する。絹にも劣らぬ薄さの中にあったのは、一輪の花であった。薄い紅に染まった小さな花びらが密集しているそれを手に取り、ぽつりと呟く。
「酷いお方」
毒に殺されるか、あるいは毒が抜けるか。それは誰にもわからない。私にも。それでも一つだけ確かなのは、彼を一目見た時に落とした心はどうやってももう戻っては来ないのだ。