指の先まで溺れていたい
食べちゃいたいほど可愛い、という言葉はまさにこの時のためにあるのだと思う。
はっと息を飲む姿も、照れて少しだけ赤くなった頬も、全てをどうにかして収めたい。目の前で両目を細める彼女を覗き込み、ため息をつく。食べられない代わりに、頬杖をついてじっと見つめた。お行儀は悪いかもしれないけれど、では一体、こうする以外にどうすればいいのだろう。
「どう? ロビン」
「美味しいわ、とても」
それは例えばショートケーキにのった大ぶりのイチゴをうっとりと眺めている感覚とよく似ていた。クリームを口の中で溶かしながら、いつイチゴを食べようか、もう食べてしまおうか、やっぱり最後まで取っておこうかと悩むように、頭の中は目の前にいる好きな人のことでいっぱいになる。ケーキの入った箱を開けた瞬間から始まるようなときめきは、彼女の隣にいる限り絶えることはないのだろう。
街で偶然見つけたケーキを二人で食べていたのが数日前の出来事である。
ロビンが探索に出かけてからしばらくの日数が経った。一人の部屋はがらんとしていて、やけに広く感じられる。
日々のルーチンワークや突発的なトラブルの対処に追われているおかげで気は紛れているけれど、いざ解放されると手持ち無沙汰だ。
チョコレートの瓶の蓋を開け、そこから一つ取って口に放り込む。上等品で、ルフィ達に見つからないように部屋に隠し置いていたものだ。瓶は既に半分以上が空になっている。一人で食べると、どうしてこんなにも美味しくないのだろう。そのくせ中身はとんでもないスピードで減っていく。
人肌恋しくなると食欲が増すのか、最近ずっとこんな調子だ。ロビンには迷惑をかけられないし、無駄な心配もかけたくない。だからこうして部屋でひとり、退屈な時間をどうにかやり過ごす。だからドアがノックされる音も、最初は何かの聞き間違いだと思った。
◆
「寂しくなかった?」
「平気」
「本当に?」
念押しされて、ほんの少し黙り込む。
帰ってきたばかりのロビンに正直に言うと負担になってしまうのではないかという不安はあった。彼女の邪魔はしたくないし、私だって立派な大人である。いや、そうであると信じたい。
じっと見つめられること数秒、ロビンの笑顔は次第に無言の圧へと変化していく。見透かされているのかもしれない。彼女の前で建前など通用しないのだ。
「ごめん、嘘。寂しかった」
白状するとロビンはまんざらでもない笑顔を見せた。そう言ってほしかったと言わんばかりの表情に、正直に言って良いのだと胸を撫で下ろす。
つい先ほどまでの強がりな態度はどこへやら、ロビンが帰ってくるなりこの調子である。
起き上がろうとするとロビンがやんわりと制した。肩の薄さは私と大して変わらないのに、身長差だけはどうしても抗えない。
「待っていた良い子にはご褒美をあげないと」
ロビンにふわりと押し倒され、いとも簡単にベッドに沈み込む。ひと息つくこともなく、ロビンはショーツに顔を近付けた。それが何を意味するのか理解するのは簡単だけれど、予想外の展開に眩暈がする。
「ねえ、ちょっと待って」
「ええ」
冷静になれ、冷静になれと心の中で念じながら深呼吸をする。ロビンはそんな私の気も知らずに頬杖をついて見つめている。
「一回、電気消そうか」
「どうして?」
「……恥ずかしいから」
「そうしたら顔が見えないじゃない」
「じゃ、じゃあせめて飲んでからじゃだめ?」
「今から飲むの? つれないわ」
何を言っても動かないのは火を見るより明らかだ。ロビンは溜息をつくものの、依然として動く気配がない。
「ごめん、今のは冗談」
「ちょっと急かしすぎた?」
「心の準備が、その……」
いつもはキスから始まるというのに、今日に限ってこの体勢である。一体どうしてしまったのだろうか。ここまでペースを握られているのも珍しく、会話でどうにか繋いだ時間もすぐに消える勢いだ。やんわりと止めようとするのもむなしく、肩を撫でるだけになってしまう。
「力抜いてるだけでいいから、ね?」
ロビンはそのままショーツをくつろげた。まなじりは赤く、吐息が腿に触れる。ここまで積極的なのは付き合ってから初めてだけれど、普段遠慮がちな彼女がこの勢いであるならば、私が折れる以外の選択肢はないだろう。
「……分かりました」
数秒置き、意を決して言う。秋に片脚を浸したような気候であるにもかかわらず、流れるのは冷や汗ばかりで、全身がこわばっていく。
「怖い?」
「ちょっとだけ」
「なら」
ロビンが近付き、軽くキスをする。一度立ち止まって歩幅を合わせてくれるところに、私はいつも救われている。
「、んっ……」
「満足した?」
「あと少し」
もう一度キスをする。ふわふわした安心感に包まれると共に、ちょっとした不安が過る。
――もしかして、これ以上のことがあるってこと?
ロビンはそんなこともつゆ知らず、なお動きを止めない。
「大丈夫だから」
そう言い残して今度こそ太腿にキスをした。まだ始まったばかりだというのに彼女の目は既に濡れていて、くすぐったさよりもこの先待ち受けているであろう展開に思わず身震いする。
わずかに濡れた部分に舌が触れる。眼前に広がる光景に眩暈がしそうで、けれどロビンの表情が淫靡で、思わず魅入ってしまう。つい先刻まで触れあっていた舌が自分の性器に触れているという事実に、今まで自分がしていたことの意味を知る。
「、っはぁ」
ため息と共に声が洩れる。名前を呼ぶと、ロビンはそれに応える代わりに丹念に濡らしていく。身体中が燃えるように熱く、息が上がる。
丁寧にほぐされだらりと力の抜けた私を見て、ロビンはご満悦そうだ。とろんとした目をして、虹彩が鈍色に光る。
ああ、この時の表情って。
一緒にケーキを食べた時の表情がフラッシュバックする。あどけなさと淫靡な表情がどうも噛み合わないでいて、ますます落ち着いてはいられない。
「……平気?」
「う、うん……」
「良かった」
実際もう溶けてしまうほどで、それでも抗いたいのと、興奮とでないまぜになっていた。
息が上がった私を見た後も、ロビンは止めることなく行為を続ける。赤く染まった頬とらんらんとした表情は、行為への羞恥ではなく興奮によってもたらされたものだろう。
丁寧に、けれど確実に触れる彼女の動きは脳内をぐちゃぐちゃにすると同時に、私の心に翳を落とした。
「ねえこれ、他の人にもしたことある?」
思わず口にして、はっと後悔する。十歳も離れているのだ。人生経験に差が出て当然だろう。けれど冷静さを欠いた頭で、喉まで出た言葉を引っ込めることなど土台無理な話だ。
「……」
ロビンは首をもたげてこちらを見た。髪をさらさらとかきあげて、ふわりと笑いながら何も言わずに目で訴えている。
「ごめん。やっぱり忘れて」
否定をしないということは、つまりそういうことなのだろう。けれど過去に彼女に教え込んだ者同様に快楽に溺れているのかもしれないと考えると、次第にやるせなさを覚える。
「どうしたの? やきもちを妬いてくれているの?」
そんな私の気持ちとは裏腹に、ロビンは余裕そうだ。私の方がよっぽど子どもで、そんな自分が嫌になる。
「ううん、そうじゃなくて……、ロビンにそんなことをさせた奴らのことが許せないの」
せっかくの雰囲気が台無しだ。だから私は、いつか来るかもしれないこの行為に怯えていたのだ。快く受け取りたいのにそれができない。悔しくて、だけど身体は嘘をつけないでいる。
ロビンは黙ったまま頬杖をついている。内緒話を聞くように肩をすくめ、顔色一つ変えない。どこまでも余裕があるように見えるロビンを、時折恨めしく思う。
沈黙が続く。勢いに任せて言ってしまった言葉を呪いそうになるほど静かで、できることならばシーツに隠れてしまいたかった。
「でも、ナミがしてくれたでしょう?」
ぽつりと、はにかむように言った。空気にぽっかりと穴が空いたように唐突に出てきた言葉に、頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚える。
同時に初めてしたのはいつだったっけと、そんなことも遠い過去のように感じられて思わず頬が緩む。
「ま、まあ……でもそれとこれとはまた違、」
「ナミのはじめてになりたいの」
私を射抜くような強い視線だった。視線をロビンの方へ戻すと真っ直ぐな眼差しとかち合い、長い睫毛が瞬きによってゆっくり上下する。畳みかけるように重なるロビンの言葉に、今度こそ息が止まりそうだ。
私の独りよがりな彼女への思いとは対照的に、ロビンは寛容だった。私がロビンの過去を見ていても、ロビンは今の私を見つめている。そんな彼女の優しさを全て受け止められるのだろうか。
「だめ?」
「だめなんかじゃない、でもちょっと怖い」
既に片足を浸している状態でこれ以上足を取られたら、一体どうなってしまうのだろう。ロビンの眼差しを感じる今も、ゆっくりと足元から沈んでいくみたいだ。
「ナミはどうしたい? どうされたい?」
再び太腿にキスをされて、声が洩れる。その動きはまさしく私が教えたものだった。ならばもう、全て私で埋め尽くされてしまえばいい。一緒にどこまでも沈んでしまえばいい。名前を呼ぶと、ロビンはふわりと笑った。
「全部全部、私に塗り替えて」
「……分かったわ」
口に含まれ、再び熱を帯びる。昼間は名前を呼び、時に囁くくちびるが触れ、得体の知れない感覚に麻痺しそうになる。
「、っ」
「我慢しないで」
甘噛みしていた自身の指を離すと、ロビンは満足したように口角を上げた。彼女のとろけた表情に思わず疼いて、好きがこぼれ落ちていく。ロビンの記憶を私で塗り替えてくれることほど嬉しいことはない。何なら今すぐにでもロビンに触れたい。けれども私を満たそうとする彼女の姿そのものが、私を誘惑する。
「ぁあっ、」
「ここがいいの?」
全身が溶けてしまいそうだ。言葉にならない声を上げ、こくこくと頷くと動きはさらに激しさを増した。尽くしたい、尽くされたい。息も切れ切れに名前を呼び、応じるように全てを掬われる。
「だめ、そこ、いって、るから」
深く、深く沈んでいく。まるで共犯関係みたいだ。互いの弱いところから、砂の城のように崩れていく。
これ以上ないほどの好きで溢れているというのに、留まることを知らない。ならばいっそのこと指の先まで溺れてしまいたい。彼女の思うままに翻弄されて、誘惑されて、染まっていたい。そんなことを考えながら、私はゆっくりと目を閉じた。