「……ん」
 ぱち、と目を開けば、見慣れた天井が映る。枕元の時計を見遣ると、アラームが鳴る丁度二分前のようだった。隣の恋人は未だ夢の中で、一瞬だけどうしようかと悩んだが、すぐにアラームを解除してしまった。
 半身を起こしたまま、彼女の髪に触れる。そのまま額を、耳を、頬を、唇を、眠っている彼女が感触を得ないであろうギリギリの力でなぞっていく。自らとは何もかもが違う手触りに、思わず息が漏れた。
 どこもかしこも温かくて、柔らかくて。ずっとこうして触っていたいような、傍に置いていたいような。そんな人間じみた感情が湧いてきて、まだ俺もヒトなんだな、なんてことを考えた。悪逆の道をひた走っている自覚があるだけに、余計。どうやら彼女の前ではただの入間銃兎に戻されてしまうらしいが、それは善いのか悪いのか。
「……起きてください。今日は出かける約束だったでしょう?」
 十分に寝顔を堪能してから、銃兎はとんとん、と肩を叩いた。彼女は鼻にかかった眠たげな声を上げて、銃兎を見上げる。
「もうそろそろ起きた方がいいのでは? また時間がない、って騒ぐ羽目になりますよ」
「……あと五分寝かせて、お母さん」
「誰がお母さんだ」
 ふふふ、と小さく笑い声を上げながら、彼女が銃兎の腰にぎゅっと抱きついてきた。スキンシップは嫌いじゃないが、割と恥ずかしがり屋な彼女からというのは珍しく、つい固まる。
 驚きがもたらした硬直が解けたので、頭を撫でてやることにした。嬉しそうにぐりぐりと額を押しつけるさまはどうにも幼げで、恋人同士のというより、親子の触れ合いのようだ。勿論、銃兎は父親ではないし、ましてや母親ではないけれど。
「今日の予定、やめますか?」
 この可愛らしい生き物とのんびり過ごすのも悪くないような気がしてきて、そう提案してみる。彼女は悩ましい顔をしてから、軽く首を振った。
「起きます。デート、楽しみにしてたから」
「……そう、ですか」
 こうも真正面から言われてしまうと、ちょっとだけ恥ずかしくなる。同時にいじらしくもなる。心の中で色々な情が混ざり合っている間に、彼女が腕を解いた。熱の塊を失った腰元が一遍に寒くなる。
「じゃあ、準備してきますね」
「……ええ。お願いします」
「はい」
 何事もなかったかのように頷くと、彼女は部屋を出て行った。と、思ったらすぐに戻ってきた。
「どうかしましたか?」
「忘れてました。銃兎さん、おはようございます」
 にこ、と笑顔を添えられた挨拶は、確かに忘れていたものだった。一抹の淋しさがふと和らぐ。
「そうでしたね。……おはようございます、」
 名前を呼んでやると、彼女は嬉しそうに頬をゆるめた。