世間は大型連休に突入したが、銃兎にはそんなもの関係ない。普段と何ら変わらない時間に起床し、署へ向かい、仕事を片付け、面倒事も片付け、深夜に帰宅する。以前は虚しさを覚えていたのに、最近は鈍ったのか最早何も感じていない辺りが恐ろしいところだ。
 今日も今日とて、帰路に着いた頃には深夜になっていた。
 流石に寝ているだろうと静かに鍵を開くと、奥から足音が聞こえてきて、思わず瞠った。
「セーフ! お帰りなさい」
「……まだ起きていたんですか?」
 つい挨拶よりも先に零れた質問に、彼女はちょっとだけ恥ずかしそうにはにかんだ。そろそろ寝た方がいいかと寝室へ向かった瞬間だったらしく、お帰りが言えると嬉しくなって飛んできたそうだ。なるほど、それで「セーフ」か。
「こんな遅くまで……。ありがとうございます、お待たせしてすみません」
「全然です。わたしが勝手に待ってただけなので。こちらこそ、起きているうちに帰ってきてくれてありがとうございます」
「いえ、私の方こそ……。……ふふ、キリがないですね」
「確かに」
 ふわりと頬をゆるめた彼女に、肩の力が抜ける。もう少し起きてます、と宣言してくれた彼女の為に急いでシャワーを済ませ、何とか二人でベッドに入ることができた。ころり、と寝転ぶ彼女をできるだけ優しく抱きしめると、密かな笑い声が聞こえて、そのまま体を寄せてくれた。
「銃兎さん、明日もお仕事ですか?」
「明日は休みです。抱えていた分が何とか落ち着いたので」
「そうなんですね。お疲れさまでした」
「……ありがとうございます」
 簡単なやり取りなのに、これだけで少し報われたような気がするのだから不思議だ。寝顔を見ることすら叶わない日々が続いていたが、これで全部帳消しになってしまうような、そんな感覚。
「あなたは? ……まさか仕事なのに待っていたわけではありませんよね?」
「大丈夫ですよ、ちゃんとお休みです。明日お仕事なら流石に早く寝てます。……多分」
 付け足された「多分」がすべてを物語っているような気がして、銃兎は笑いを噛み殺した。可愛いやつという気持ちと、ちゃんと叱らなくてはという気持ちがせめぎ合う。
「……ちゃんと寝てくださいね」
「……はい」
 結局こんな感じに収まった。左馬刻が聞いたら笑い死にしそうだ。甘っちょろいこと言ってんじゃねぇか、とか。
「ところで。明日のご予定や何かリクエストはありますか? 近頃は随分すれ違いが続いていましたし、お付き合いしますよ」
「え、いいんですか?」
「はい。まあ、何でもとは言えませんが」
 何か複雑なことや準備が必要なことは難しい以上、何でもとは言い難い。どこかへ連れて行ってほしいとか、買い物に付き合ってほしいとか、そのくらいならどうにかなるだろうと踏んで尋ねると、彼女は少し悩む素振りを見せてから、「なら」と口を開いた。
「明日は、朝寝坊したいです」
「……は?」
「朝寝坊です」
「いや、そうじゃねぇ。……朝寝坊したいんですか? 私と?」
「はい。朝寝坊です」
 三回言った。これは相当だ。
「朝は目覚まししないで起きるまで寝て、なんなら二度寝して。起きてお腹すいたら何か買いに行って。パン屋さんとかいいですね、それで朝ご飯みたいな昼ご飯みたいなご飯を食べて、のんびりするんです。……ふふふ、お巡りさんらしからぬ怠惰な休日に付き合ってください」
 えへん、と言わんばかりに微笑む姿に一瞬固まったが、すぐに感情が戻ってきた。可愛い、それでいいのか本当に、何言ってんだ。段々おかしくなってきて、小さくではあるが笑い声が零れた。
「くくっ……、それはそれは……。怠惰で素敵な休日ですね」
「でしょう?」
「ええ。判りました、ではそうしましょう」
「やった」
 楽しそうに笑う彼女が愛おしくて、銃兎はそっと瞼にキスを落とした。くすぐったそうにした彼女が仕返しとばかりに頬に口付けてきて、くすぐったさが移る。
「こら、もう寝なさい」
「酷いです! 先に仕掛けてきたのに!」
「なんとでも言え」
「……明日、覚えててください」
「そうですか。楽しみにしていますね」
「……んんん……」
 悔しそうに呻いてから、彼女は銃兎にぎゅぅっと抱きついた。拗ねたように尖らせた唇に口付けてみたい欲が湧いてきたが、苦笑と一緒に飲み込むことにした。
 ――まあ、それは明日のお楽しみということで。