左馬刻が腕を動かすと、やや冷たいシーツの感触だけがした。すぐに瞼を開き、状況を確認する。
陽が昇るにはまだ遠い時刻、乱れのない部屋、僅かに開いた寝室のドア。鋭く舌打ちして、左馬刻はベッドから起き出した。台所の方を見遣ると、予想通りというか願った通りというか、彼女が立っていた。背を向けている為か、左馬刻には気づいていないらしい。
そのまま音もなく近づき、強引に後ろから抱き込んだ。わ、と声を上げた彼女は、慌ててガラスのコップを握りしめた。
「……びっくりした」
「ンなのこっちのセリフだわ、俺様の許可なく出歩いてんじゃねぇ」
彼女はぱちぱちとまばたきしてから、楽しそうに微笑んだ。どうやら喉が渇いただけだったようだ。コップを流しに置き、離してほしそうに見上げてきたが、素知らぬ顔で抱きしめ続ける。やがて諦めたのかもう一度微笑んでから、「左馬刻さん」と呼んできた。
「あ?」
「私ね、怖い夢を見たんです。だから、このままぎゅってして寝てくれませんか」
唐突だった。それから、珍しい頼み事だった。
「……どんな夢だ」
「口に出すのも怖い夢です」
「……そうかよ」
左馬刻は小さく返すと、彼女を抱き上げた。大人しくされるがままの体をベッドに下ろし、お望み通りに腕に閉じ込めてやる。幽かな息の音さえもよく聞こえる距離に。
細い腕が背中に回る。小さな体を目一杯に使って、左馬刻に縋りついている――ように見えるけれど。
「……チッ」
――怖い夢を見た、なんて嘘だ。きっと彼女は夢すら見ていない。
ただ、気づいてしまったのだろう。左馬刻が起きてきた理由を、腕を解こうとしなかった訳を。
「余計な気ぃ回してんじゃねぇぞ」
憎まれ口に返事はない。だが、腕の力がほんの少し、強くなった。