彼女は普段、割と寝付きが良い方なのだが、今日は別らしい。幾度となく寝返りを打つ彼女を腕に収めると、銃兎は小さく尋ねた。
「眠れないんですか?」
「……はい。眠いんですけど、何だか寝れなくて」
軽く背中を撫でながら、瞳を覗き込む。体の奥底はきちんと眠たくなっているようだが、心に漣が立っているのか、落ち着かない様子だった。
「ごめんなさい。私がばたばたしてたら、銃兎さん寝れないですよね。私、今日はソファーで寝ます」
「何を言っているんですか。私がそんなことを許すとでも?」
「でも……」
「いいですから、このままここにいてください」
殆ど力を入れていなかった腕に力を込め、離す気はないと言外に匂わすと、彼女は大人しく銃兎の胸元に頬を寄せた。
「眠る気にならないなら、無理に眠ることもありません。横になって目を閉じているだけでも体は休まりますよ」
「……そういうものですか?」
「そういうものです。ついでに、心を癒してくれるものでもあれば完璧ですね」
「心を、癒してくれるもの……」
「私の場合は、あなたが該当します」
「っ、えっ!?」
「ふふ……、何をそんなに驚くことが?」
「だ、だって急に……銃兎さんが」
「私が?」
「……うぅ」
額をぐりぐりと押し付けられ、僅かにくすぐったくなる。一つ浮かんで、銃兎はたった今思いつきましたよ、という顔をしてみせた。
「ところで、あなたにとって心を癒してくれるものはなんですか? 必要とあらばご用意しますよ」
「……それ、ずるくないですか」
「なんとでも」
「悪徳だ……」
「悪徳警官、ですからね。まあ自ら名乗った覚えはありませんが」
真っ当でないのは確かだが。
さあ、と答えを急かすと、彼女の体温がじわじわと上がってきた。照れている。可愛らしいことだ。
「……眠くなってきたんで寝ます」
「そうですか。では、この答えはまた明日聞くことにしましょう」
「諦めてくれないんですか?」
「諦める? ご冗談を」
「やっぱり悪徳警官だ」
「これでも手加減しているんですけどね、ふふ」
こんな甘ったるいやり取りで【悪徳】だなんて心外だ。
心の漣はすっかり凪いだようで、彼女の呼吸が少しずつ深くなってきた。とん、とん、と弱く背中を叩いていると、まばたきの頻度が目に見えて減った。最後の力を振り絞るように、彼女が銃兎に抱きつく。
「おやすみなさい……じゅうと、さん……」
「……あぁ。お休み」
返事はなかった。
穏やかに寝息を立てる彼女の額に、そっと口付ける。柔らかな温度に堪らなくなって、自然と目を細めていた。
心を癒すものは多かれど、替えが利かないものは、たったひとり。
「お前にとって俺が、そうあればいいんだけどな」
残念ながら、答えは聞けなかったけれど。
明日の夜にでも尋問するかと考えてから、銃兎も瞼を閉じた。