体に何か軽い物が乗せられたような感じがした。一郎が目を開くと、彼女は目を瞠った。
「起こしちゃった。ごめんね」
「いや、寧ろ助かった。……やべぇ、寝ちまってたのか」
ソファーから上体を起こし、腕を天井へ向けて大きく伸ばす。ぱきぱきと骨の鳴る音と、筋肉が引き攣られるような感覚。最後に一呼吸してから、一郎は立ち上がった。
「お疲れみたいだったから、寝かしとこうと思ってたのに」
「そういうわけにもいかねぇよ。二郎と三郎にメシも作ってやらないとだしな。……ま、気持ちだけ有り難く受け取らせてもらうぜ」
「……はーい」
めちゃくちゃに不満げな返事が来て、つい吹き出してしまった。自分よりいくらか年上のはずの彼女は、時折年下みたいになる。彼女なりの甘え方だ。勿論、甘えられて嬉しくないわけがない。
「折角だし、お前もメシ食ってくか? あいつらもお前がいたら喜ぶだろ」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
二郎は優しく――三郎より、というのが重要だ――勉強を教えてくれる彼女を気に入っているし、三郎は三郎で、色々なボードゲームに明るい彼女を認めていた。「まあ、それなりですね」なんて憎まれ口付きだけれど。
「じゃあ、ごちそうになっちゃおうかな。一郎ご飯、楽しみだなぁ」
「おうっ、楽しみにしとけよ」
「……あ、その野菜終わった? どう料理するやつ?」
「炒め。やってくれんのか?」
「うん。ふふ、ちょっとくらいお手伝いさせてくださいな」
「任せたぜ」
「任されたぜ」
ふふ、ともう一度笑い声を上げてから、彼女はコンロに火を点けた。下ごしらえを終えた食材を渡していくと、彼女は次々にフライパンへ投入し炒めていった。
隣に並んで調理をしていると、新婚みてぇだなと思う。言葉にしたことはないけれど。言葉にするのは、それを現実にできるだけの準備が整ってからがいい。
「……なぁに?」
「うぉっ!?」
急に問いかけられ、思わずびくりと肩が震えた。じっと見ていたのがバレた。
「い、いや、別に」
「ふぅん……」
明らかに納得してなさそうだが、彼女はフライパンへ向き直った。一応矛先は逸らせたか、と安堵したのも束の間。
「……そんなに見られるとどきどきしちゃうから……、だめ」
「っ、な」
薄く染まった頬と、一瞬だけの上目遣いだけでもかなりキたのに、更に殺し文句まで添えられてしまえばもう駄目だ。全面降伏だ。なんでこんな可愛いんだ、この人。
一郎は大きくため息をつきながら、どすんとしゃがみ込んだ。顔を覆った腕の向こうで、彼女が慌てている。コンロを消した音。えらい。
「えっ、一郎? どうしたの、貧血?」
「……違ぇ……けど、くらくらはしてる……」
「それダメなやつじゃない!? どうしよ、救急車!?」
携帯を取りに行こうとしている体を捕まえて、ぐっと抱き寄せた。心配いらない、この【くらくら】とは一生付き合っていくと決めたから。