部屋に入ると、何だかまるく暖まっているような気がした。聞いてみると、エアコンを点けたらしい。道理で暖かいわけだ。
「これ」
「ん?」
 盧笙がペットボトルの水を差し出すと、彼女はきょとんとした。
「あんま喉が渇かん時期やけど、水分はちゃんと摂らなあかんで」
「え〜……?」
「えー、やない。一日かけてでもええから、一本は飲みや」
 彼女は仕事に集中しすぎると、食事も水分補給も怠りがちになる節があった。食事は一緒に摂るようにすれば何とかなるが、水分補給は本人の自主性に任せる他ない。傍についていてもいいが、それでは邪魔になるだけだ。邪魔がしたいわけではない。
 ぐい、とペットボトルを押し付けると、彼女はあからさまなふくれっ面を披露してきた。
「……トイレ行くの、増えるからやだ」
「トイレくらい行ったらええやないか」
「やだ。寒いもん」
 そう来たか。確かに廊下は少しばかり寒かったが、だからと言ってこれを看過するわけにもいかない。
「何もがぶ飲みしろ言うてるわけやない。飲みすぎたらトイレ近なるけど、一時間に一口ずつくらいなら大差ないやろ。飲まなすぎはホンマにあかんで」
「……え〜」
「だからえー、やない。ええ大人が涼しなってきた頃に熱中症て、情けないやろ?」
「それもそうか」
 情けない、は彼女にとって許せなかったらしい。了解〜、と軽く返事をしてから、大人しくペットボトルを開栓した。緩い感じではあるが、こうして一度了解したことを違えることはしないと知っているから、盧笙も安心することができた。
「……ふふ」
「なんや、どないしてん」
 一口だけ水を飲んだ後、彼女は楽しそうに盧笙を見上げてきた。
「盧笙くんは、私のお母さんみたいだねぇ」
 は、と口が開いた自覚がある。言うだけ言って満足したのか、机に戻ろうとするのを捕まえて引き寄せた。
「アホぬかせ。オカンやのうて、」
 ぐ、と額を押し付ける。頭突き代わりだ。

「……彼氏やろ」

 熱い。言っておいて何だけど、体中が熱い。確実に照れている、自分の言葉で。
 せめてもの意地で視線だけは逸らさないでおくと、彼女は一瞬頬を染めてから、蕾が綻ぶように笑った。
「……そっか。お母さんじゃなくて、彼氏か。彼氏が言うことなら、聞かなきゃだめかなぁ」
 ふふ、と楽しそうな彼女に、一辺に力が抜ける。何だかえらく負けたような心持ちになるのに、それもまた一興に感じてしまうのは、一体何なんだろう。