「ふっふっふーんっ♪ ふっふっふっふーん♪ ……どっこでっもいーっ!」
「ご機嫌だな、一六」
「おうっ!」
鼻歌まで歌ってハイテンションな道後は、今にも駆け出しそうに万座の隣を歩いている。諌めようかとも思ったが、内心うきうきしている事実は否定できなくて、万座は苦笑を浮かべるだけに留めた。
冬休みが始まって二週間。久々に防衛部で集まることになった。これが年始一発目の活動ということになる――と言っても、まあいつも通り黒玉湯へ行くだけなのだが。それでも、楽しみなのは違いない。
ふと道後が足を止めた。突然右手を挙げると、「おーいっ!」と叫ぶ。
「おいっ、近所迷惑だろ!」
「ちょっと待てっての! ……あ、気づいた!」
気づいた、ということは、誰かいるのだろうか。視線の先を見ると、見知らぬ女性がこちらへ駆け寄ってきた。
「あ、一六! 明けましておめでとう〜」
「へへっ、おめでとうございまーす!」
「……一六、この人は?」
「お隣のおねーさん!」
「あはは、こんにちは。『お隣のおねーさん』です」
にこやかな女性――隣人か――は万座にも軽く会釈をしてから、ああと頷いた。
「もしかして、君が太子くん?」
「あ……、はい。そうですが」
「そっか。一六からよく聞くから、太子くんの話。一回会ってみたかったの」
「そうでしたか。……こいつ、そんなに私の話してるんですか」
「ちょいちょいちょい、バラすなよ!」
「えー? だって一六、部活か七緒先輩か太子くんの話しかしないじゃん」
「そ、れは……!」
うう、と恥ずかしそうな道後につられて、何となく面映ゆい気持ちになる。にこにこしている隣人と真っ赤な二人、という不思議な絵面だ。
先に破ったのは道後だった。
「そ、そーだおねーさん! お年玉! お年玉ちょうだい!」
「お年玉?」
「お前……お隣さんにお年玉をせびるな」
「いてっ」
一撃くれてやると、道後にむっすりした顔で睨まれた。彼女は「大丈夫よ〜」と笑いながら、鞄を漁り始めた。
「ありますよー、お年玉。……うん、折角だし太子くんにもあげよう」
「いえ、私は」
「いいのいいの。……はい、どうぞ」
「やったー! サンキュー!」
「……ありがとう、ございます」
いいんだろうかと思いながら、差し出された封筒を見つめ、固まる。
封筒が異様に厚い上に、正方形だ。どう見てもお札が入っている様子ではない。ピンと来た万座と対照的に、どういうことだと言わんばかりの目で彼女を見つめていた。
「ふふ、お年玉ですよ。正真正銘ね。開けてみて」
「? うん」
促されるままに封筒を開くと、中から真ん丸の餅が二つ出てきた。やっぱり、そういうことか。
「お餅? なんでお餅?」
「本来、お年玉というのは餅のことだ。年神さまにお供えした餅を家長から子供たちへ渡し、その餅に宿った年神さまの霊魂、生命力を分け与え子供の健やかな成長を願うものだったとされている」
「正解! 流石太子くん、よく知ってたね」
驚いた彼女に、少しだけ得意気な気持ちになる。照れ隠しに「当然です」と返すと、「そっか〜」と笑われた。
「えー……お餅かぁ……」
「不服そう。残念だな〜、これで一六がもっと大きくなれるかと思ったのにな〜?」
「もっと……大きく?」
ぴく、と道後の肩が跳ねる。大きな瞳に映る期待感に内心笑いを堪えている万座をよそに、彼女は大真面目そうな顔で「そうよ」と続けた。
「健やかな成長を願うお餅を食べれば、一六憧れの先輩と同じくらい……いや少なくとも太子くんよりは大きくなれるかもしれないよ?」
「太子より……!?」
「すみません、聞き捨てならないんですが。一六が、俺より大きく? ご冗談を」
「ご冗談ってなんだよ!」
「本当のことだろ。お前は未だ誤差程度でしか背が伸びていない。だが、俺は僅かではあるものの 成長が見られている」
「そんな……はずは……!」
「揺るぎない事実だ。その一六が、俺より大きくなるなんて……」
「っ、おねーさん!」
「はい?」
完全に笑いを堪えていた彼女は、慌てて真面目な顔に戻した。それを見て、若干冷静になる。
「これ、サンキューな! 俺、絶対絶対ぜーったい、太子よりデカくなる!」
「おお、その意気だ! 頑張れ〜」
「おうっ! そうと決まれば……、早速このお餅食わねーと! 太子っ、黒玉湯! 黒玉湯ならお餅焼いてくれるかも!」
「は、おい待て一六! ……すみません、失礼します! お年玉、ありがとうございました!」
「どういたしまして。太子くん、今年も一六のこと宜しくね〜!」
微笑む彼女に、一度だけ足を止める。ぐっと拳を突き出すと、彼女へ声を張り上げた。
「任せてください!」
「太子っ、早く早く!」
「――待て、一六!」
返事は聞けなかった。でも、きっと笑っていたんじゃないかと思えた。
先に数段先へ走って行った道後の背を追い、万座は大きく走り出した。