雨が好きな日と嫌いな日がある。好きな日ならどんな傘を差そうだとか、レインブーツはどうしようだとか考えられるけれど、嫌いな日はもうさっぱりだ。デザイナーの名が廃りそう。
「あーあ……今日、革靴おろしたばっかりなのになー」
突然降り出した雨を軽く睨むと、乱数は大きくため息をついた。どうやら暫く止みそうにない。こんな時は気分も全く上がらず、手にしていたスケッチブックをデスクへ放り投げた。ばさばさと羽ばたくスケッチブックは、その勢いのまま置いていた携帯を突き飛ばした。
「あっ……!? …………チッ」
思わず零れた舌打ちは、地面を叩く雨音に紛れてすぐに消えた。のろのろと携帯を拾い上げた時、ぽこんと間抜けな通知音がした。何だよ、と思いながら画面を見る。
《まだ事務所いる?》
簡潔なメッセージがひとつきり。何の装飾もないその言葉は、ささくれた心をほんの少し癒した。
《いる》
同じように簡潔に返すと、すぐに返事が来た。
《良かった》
……良かった?
《外出てきて》
続けて送られてきたメッセージに首を傾げる。簡潔、あまりにも簡潔すぎて最早冷たくさえ見える。彼女の温かさを知っている身としては、勿論錯覚だと判っているけれど。
言われた通り外に出る、と。
「よっ」
明るいマーブル模様の傘を差した彼女が、片手をひょいと上げてきた。聞いてない、来るなんて、来てくれるなんて聞いてない!
「びっくりした〜! 事務所に来るなんて珍しーねっ、もしかしてボクのこと迎えに来てくれたの? なーんてねっ!」
「え、そうだけど」
「……え?」
らしからぬ、とは思ったけれど、かなり素直な混乱が声に乗った。ぱちぱちとまばたきを繰り返す乱数に、彼女は「だって」と口にした。
「乱数、傘持ってなかったよなって思ったから」
「……それだけ?」
「それだけ、とは」
「えーっと……、ほんとにそれだけの為に、来てくれたの?」
「……まあ、願わくば相合傘とかしてみたいなとは思ったかな」
「傘、二本あるのに?」
「考えたはいいけど、なんか恥ずかしくなってきたから……やっぱ、やめようかと……」
ふいと視線を逸らす彼女に、自然と唇が笑みを浮かべた。可愛い、かわいい。なんで馬鹿正直に言っちゃうんだろ、言わなきゃボクだって気づけなかったのに。
「いーよ! 相合傘しようっ、けってーい! はいこっちの傘ボッシュート!」
「え、いや大丈夫です、間に合ってます!」
「間に合ってるってなぁに? もしかして、ボク以外の人と相合傘してるからボクとはしたくないってこと〜!?」
「そんなこと言ってないけど!?」
「ひどーい。ボク悲しくて泣いちゃうよ〜。えーんっ」
「ちょっ、あ……えぇっと……、じゃあ、お、お願い、します……」
「おけまるー! ほら、帰ろ帰ろ!」
彼女の手から傘二本を奪うと、片方は腕にかけ、もう片方は二人の頭上に掲げた。マーブル模様に雨露が落ち、ぱちぱちと弾けていく。
遠慮がちに絡められた腕に、自らの腕を遠慮なく絡めてから揃って事務所を後にする。ほのかに頬を赤くしながら嬉しそうに口元を緩める彼女に、全身が温かなものに包まれていくような感覚がした。彼女に平然と笑いかけているつもりだけれど、多分同じくらいゆるゆるの顔を見せてしまっている気がする。それでもいい。
嗚呼、今日の雨は大嫌いだけどだいすきだ!