深夜、日付が変わった後。
隣で眠る恋人が、びくりとその身を揺らしたのを理鶯は感知した。肩や腕に触れる温度が消えないことから、異常事態であるものの緊急事態ではないと判断し、瞼を開かぬままの状況把握に努める。
――幽かに聞こえる呼吸に大幅な乱れはない。眠る前、「今日は暑くて……」となぜか申し訳なさそうにつけられたエアコンはしっかりと稼働し、部屋を適温に保っている。体が軽い、恐らく上掛けをどこかへやっていると見た。腹部を冷やさない為とかけられたが、暑そうにしていた彼女によって蹴り落とされてしまったのかもしれない。以上、把握。
きし、とベッドフレームの泣く声がした。彼女が立ち上がったのが判って、理鶯は漸く瞼を開いた。
「あ……起こしちゃいましたか。ごめんなさい」
「構わない。どうした?」
「なんか、変な夢見てて……。別に怖い夢ではないんですけど、……いや怖いのかな……? あ、っと、こんなこと言われても困っちゃいますよね」
彼女は申し訳なさそうに眉を下げてから、ベッドから数歩に位置する台所へ向かった。プラコップの軽い音、蛇口の音、水の音。その間に、床から上掛けを拾い上げておく。
「すみません、ありがとうございます」
「礼には及ばない。……」
名前を呼ぶ。彼女の視線が上がる。理鶯は腕を広げてみせた。
「え……」
「『暑いから嫌』、か?」
「そ、そういうわけでは……! 寧ろ理鶯さん、寝苦しくなっちゃいませんか?」
「なるほど、小官への気遣いか。有り難くは思うが、受け取れはしないな」
「え、わっ」
嫌悪でないなら、遠慮はしない。理鶯は彼女の薄い背へ腕を回し、ぐっと引き寄せた。自らの胸元、腹、腿と温かさが触れる、くっつく。
「安心してくれ、お前が寝付く頃には解放する。抱き抱えられたままでは、十分に寝返りを打てないだろう。安眠を妨害することは避けたい」
「……ふふっ。ありがとうございます、色々」
抱えた彼女から、力が抜ける。は、と小さく息をつくと、彼女は「理鶯さん」と呼んだ。
「ちょっとだけ聞いてくれますか? 多分、全然まとまってないし、訳判んないと思うんですけど」
「無論だ。それに、そもそも夢というものはまとまりがなく、道理も通っていないことの方が多い」
「確かに、そうかもですね。……えっと、」
少しだけ微笑んでから、彼女はぽつぽつと夢の内容を話してくれた。言葉の通り、それは随分と突飛な内容ではあったが、彼女が不安に思ったのは、目が覚めるほどの衝撃を受けたのは事実で。
「そうか……、夢までは駆けつけられなかったか……」
「どこにショック受けてるんですか」
「受けるだろう、何者からも守り抜く心づもりでいたというのにこの体たらくでは」
「いや夢ですからね? 現実では守っていただいてますよ、ほら、ね」
彼女の腕が、きゅっと背中へ回される。温かくやわらかなそれは、確かなのに儚く感じた。なぜか慰めるように背骨を撫でられ、理鶯はふ、と笑みを浮かべた。
「次は夢でも守る」
「そんな無茶な……」
「無茶かどうかは判らないぞ。どうか小官の名を呼んでくれ、駆けつけてみせる」
「……ふふ、なんだか理鶯さんならできるかもって気がしてきました。判りました、呼びます。理鶯さん助けてーって言いますから、どうにか来てくださいね」
「了解した。全力を尽くす」
「ふふっ……」
小さな笑い声を上げた彼女が、ふわ、と欠伸を零す。程よく眠たくなってきたらしい。髪に触れ、背中に触れ、静かに包み込むと、呼吸が深くなっていった。眠った、か。
「……前言の撤回を要請したいな」
許可など出るはずがないのに、そう呟いてしまった。嗚呼、――離したくない。