あ、鍵開いたなと思ってから動きがない。
「もっしもーし、お巡りさんですかぁ? 不審者入ってきてるのに玄関から動かない件について相談乗ってくれません?」
「……んなことで110番すんな」
「お帰りえっちゃんやっと入ってきやがったなせめてスーツ脱いでから倒れろ言うてるやろアイロンしないぞ」
「お前マジで元気だな……なんだその長ゼリフ……」
「いやいや、そうでもないかんね?」
 別に有り余ってるわけじゃないんだけどなぁ。
 えっちゃんは毎日毎日這って帰ってくることが多い。そんなに神経すり減らすような仕事してんのかなとは思うけど、そんなことないのはもう知ってる。まあ毎日通ってるだけ良しとしましょう。
「っ、あぁ〜……。やっぱ俺、向いてねぇんだよ会社勤め」
「その言葉もう300回くらい聞いた気がするんだけど」
「あいが養ってくれりゃ仕事辞められんのにな〜」
「どう考えても同級生女子に吐くセリフじゃねぇ」
 不満げに「え〜?」と返すえっちゃんは、大人しくスーツを脱ぐと部屋着に着替えた。因みにその場です。私のこと何に見えてんだろう、多分かぼちゃかな可愛いし。……脳内で呟いてみたものの、脳内な所為で誰もツッコんでくれない。いや、ツッコまれても困るけど。怖いし。
「黒玉湯行きてぇのに何で行けねぇんだろうな」
「それは毎日玄関で倒れるくらいには疲れてるからじゃないかな、黒玉湯とうちの距離変わってないし」
「黒玉湯が来ねぇかな」
「有基くんに聞いてみたら」
「……なんかすげーことになりそう。色んな意味で」
「確かに」
 それがいいこととも悪いこととも言い切れない。というか、予測がつかない。
「まあそんな疲れ切ったえっちゃんに朗報です。本日、お風呂を沸かしておきました。一番風呂どうぞ」
「……マジ?」
 今日イチの素早さで、えっちゃんが立ち上がった。ぐっと親指を立ててやると、えっちゃんは風呂場へ消えた。
 まあ偶にはこんなサービスがあったっていいかなぁと思ったんだ。
 口では色々言うけど、えっちゃんは真面目に働いてるし、一番の稼ぎ頭さんなのだ。生活費は大体とんとんくらいに揃えてるけど、何やかんやで備品系は自腹で買ってきてくれることも多いし。月末とか、特に。
 アルバイターで学生さんのあつしから搾り取るの嫌だなぁって、利害が一致しただけとも言うけど。
 とかく、えっちゃんには助けられることが多いわけなので。
「えっちゃーん、湯加減平気ー?」
「おー、大丈夫」
「なら良ーし」
 扉越しに返事が来て、ちょっと安心する。実家じゃ「お前のあとぬるくてやなんだよ」とか愚痴られてた温度ですが、えっちゃん的には有りみたいだ。もっと寒くなってきたら流石に温度上げるから、安心してほしいところである。
 ご飯なぁと考える。もしあつしの頭の中で献立が出来上がってるとしたら、何か余計なことすんのは申し訳ない。
 と、なると、あつしが帰ってくると予想された時間までおよそ一時間、空腹を誤魔化すアイテムが必要になってくる。
 とりあえず戸棚をいじくったけど、特に何も出土しなかった。ストックないのか。
 次にガス台の下を漁ったら、おやつラーメンが出てきた。これはいけるぞ。
 お湯を沸かしてたら、えっちゃんが風呂から出てきた。いつも通り、何か見計らったかのようなタイミングだ。
「お、いいもん食ってんな。俺も俺も」
「まだ食ってない。えっちゃんもお椀出すならお湯足すけど」
「はいよ」
 お椀を受け取ると、お椀一杯の水を薬缶に追加した。
 お湯が沸くのを待ってる間に、ぷしっと気の抜ける音がした。
「あっ、人にやらしといて自分だけ!」
「お前ビールだめだろ……っ、あ〜美味ぇ」
 確かにビールは未だに飲めないけど、だからって人におやつ作りを投げて晩酌を始めるなんて鬼すぎる。正確には晩酌じゃないけど、全然。
 むぅっと言いたくなるのを堪えて、お湯をおやつラーメンにかける。まだ堅いままの麺が浮いたお椀を置くと、えっちゃんは冷蔵庫をがさがさして、何かを出した。と思ったら、それを私の額に当てた。
「冷った、なに!」
「お前、こういうの好きだろ」
 額にある所為で、こういうのって言われたところでどういうのかさっぱりだ。えっちゃんからそれを受け取って、見える位置に持ってく。
 やっと見えたそれは、林檎味のチューハイ缶だった。アルコール度数の弱い、飲みやすいやつ。そして確かにこういうの好きだ。
「……ありがと」
「こちらこそ?」
 頃合いになったおやつラーメンを啜りながら、返事された。くっそ、やっぱ何やかんや助けられてばっかだ。
 無目的に点けたニュース番組をBGMに、おやつラーメンを肴にお酒を飲む。えっちゃんと過ごすこんな時間があるから、頑張ってられんのかなぁ。
 などということを考えつつ、私は今晩の晩ご飯の予想合戦を始めるのだった。

あつし私たちより帰り遅いけど、
バイト大変なのかなぁ