鬼怒川熱史の朝は、寝起きの悪いえっちゃんを起こすことから始まる。
ドアは開け放たれてるけど、台所からはちょっと距離があるから上手く聞こえない。とはいえ、いつもいつも同じようなやり取りしてるから、大体想像はつく。
「まだ早いだろ……あと……、さんじゅっ、ぷん……」
「いやいや30分も寝かしといたら確実に遅刻だから。ほら、早く起きないと朝ごはん食べる時間なくなっちゃうよ。起きて、煙ちゃん」
「朝めし……」
多分、こんな感じじゃないかな。正確なとこは判んないけど。
私はフライパンのチャーハンをお茶碗に盛ると、味噌汁もよそってテーブルに置いた。ちゃんとお箸も準備したし、余ったチャーハンもおにぎりにしてお昼の用意も万端だ。今日は幸先いいぞ。
「……はよ」
「おはようえっちゃん。今日の星座占いは多分上位に違いない私がご飯作ったよ」
「んだそれ。……ってか……お前また……」
「俺は慣れたけどね。美味しいし」
まあそうだけど、と相変わらず納得いってなさそうなえっちゃんも、どうにか席に着いた。
朝ごはんとは、朝に食べるご飯だから朝ごはんなのだ。つまり、白米味噌汁焼き魚である必要も、パンスープ目玉焼きである必要もない。朝に食べるもの、それ即ち朝ごはんである。
というわけで、私が朝ごはんを作ると、しばしばえっちゃん的に納得いかないものが出てきてしまう。因みに今日は、昨日の冷やご飯が謎なくらい残ってたからチャーハンだ。
「あつしを見習ってくれよ、文句も言わずに食べてくれるんだから」
「結構べちゃっとしてるのに美味しいんだよね、あいちゃんのチャーハン」
「美味しいってとこだけ拾っとくねあつし」
「べちゃっとしてるって、それはチャーハンだと言っていいのか?」
「炒めた飯だからチャーハンです」
「ってか煙ちゃん、作ってもらってるんだから文句言わないの」
「いや、文句っつうか、何だかなぁって思ってるだけだよ」
「えっちゃんが早起きできるならえっちゃんに朝任せてみたいけどねぇ」
「多分無理だね、『布団が俺を放してくれなくて』とか言って起きてこないよ」
「……お前ら好き勝手言いやがって」
ちょっと拗ねた様子のえっちゃんは、チャーハンをぱくりと一口食べた。
味つけだけには自信がある。味つけだけには。この言葉から察せられるように、その他は結構弱い。例えばチャーハンなら、ぱらっとせずにしんなりしてしまう。何が悪いっていうんだろう。「チャーハン ぱらっと 作り方」でググって出てきた通りにやってもさっぱりだ。
「……美味い」
「ありがと」
何やかんやで、いつも残さず食べてくれるから、何とか上手くなりたいなぁとは思うけど。
「あ、ごめん、もう俺出ないと。じゃあ煙ちゃん、あいちゃん、行ってきます」
「あつし、良ければおにぎり持ってって!」
「ありがとう!」
鞄におにぎりを二つ放り込むと、あつしは家を出て行った。あつしって凄いよな、朝は私たちより早いこと多いし、夜も私たちより遅いことあるし。学生さんって、そんなに忙しいのか。
とは言え、私もそんなに時間があるわけじゃない。急いで食器を洗って、洗いカゴに立てかけると、洗面所へ走った。ばたばたとお化粧をして髪を整えて、全身を確認する。あっ、時間押してきた。
「えっちゃん、先行くね! ちゃんと自分の使ったお皿は洗うんだよ! 二度寝とかしないで会社行くんだよ!」
「わーってるって。ほら、落ち着いてけよ」
「ありがと、行ってきます!」
えっちゃんに手を振ると、私は家を飛び出した。時間が押すのはいつものことだから慣れっこだ。嫌な慣れだ。
おおおっと走って、いつもの電車に乗った時、ラインが来た。誰だろ、と思ったらあつしだった。
『おにぎりありがとう』
『どういたしましてー 役に立ってんなら何よりです』
続けざまにえっちゃんからもラインが来て、やっとこれが個人じゃなくてグループラインだったことに気づいた。
『ごちそうさん』
『お粗末さまでした』
『なに怒ってんの?』
『元々あいちゃん怒ってないでしょ』
『今ので怒ったわ』
『決定的にいらん一言だった』
『晩ご飯はえっちゃんに任すか』
『え』
『そうしようか、煙ちゃん何作ってくれるのか楽しみだな』
『アツシまで』
ここまで来た時に、電車が止まった。私は最後に黒笑を浮かべるうさぎのスタンプを押してから、スマホの画面を落とした。
多分、めんどくさいとか何とか言いながらも、えっちゃんは何かしらを振る舞ってくれるんだろう。晩ご飯を楽しみにしながら、すれ違った同僚に「おはようございますー」と挨拶した。
えっちゃんの料理なんて
そうそう食べれるもんじゃないからね