見渡す限りの幼児だ。きゃーきゃーと騒がしい中、早々と背を向けようとした由布院の袖を、鬼怒川ががっと掴んだ。
「……逃げねぇよ」
「煙ちゃん、自業自得なんだからちゃんとしてね?」
「はいはい」
由布院は改めて子供たちを見つめ、どうしたもんかなと呟いた。
お前だけ出してなかったから、鬼怒川と同じところにしといたぞ。担任にそう言われ、最初は何のことだか判らなかった。
そういえば、今度職業体験があるから、今週中に希望を提出しろって言われたような。で、あまりにも延ばすものだから、「提出期限、明日だからな」と釘を差されていた……ような。
そこまで気づいた時、鬼怒川がめちゃくちゃ呆れたようにため息を吐いた。
「で、俺と同じとこになったの? 大丈夫? 俺、保育園行くんだけど」
「まさか保育園とはな……アツシは判るけど、俺が保育士とか違和感しかない」
「それ煙ちゃんが言う? っていうか俺は判るってなに」
「似合ってんじゃん。乳母的な」
「性別違うんだけど」
いつも通りにぐだぐだした会話を展開しそうになったが、パンパンと手を叩く音がして、慌てて前を向いた。
「はーい、今日は高校生のお兄さんたちが遊びに来てくれました! みんなで仲良く遊びましょうねー!」
「はーい!」
「じゃあ二人とも、自己紹介」
先生に促されて、まずは鬼怒川が前に出た。優しく微笑んでから、小さく一礼。顔を上げると、周りを見渡しながらゆっくりと話し出した。
「鬼怒川熱史です。今日一日、みんなと沢山遊べたら嬉しいな。宜しくお願いします」
「あつしお兄さんありがとう! はい、じゃあ次のお兄さんどうぞ!」
流石アツシだと感心していたが、次は自分の番だった。ちらっと目を走らせると、前に体操座りしていた子供と目が合った。と、思ったら、すぐに逸らされた。そんなに怖い顔をしているのだろうか、と軽く凹む。
「えー……、由布院煙だ。……宜しく」
先生が苦笑いしている。鬼怒川が僅かに額を押さえていた。しかし、慣れない子供相手に何を言えばよかったというのか。結構頑張った方だ。多分。
「えんお兄さんでした。まずは、みんなでお絵かきしようね!」
「はーい!」
園児たちは次々とスケッチブックとクレヨンを広げていく。流石の「あつしお兄さん」は、早速子供に話しかけていた。
「わぁ、お花だよね? 上手だね!」
「えへへ、この前ね、ママとパパとみたんだ!」
サボっているわけにはいかないが、ここまで小さな子供と接したことがない以上、どうしたらいいのか判らない。ましてや、怖がられてしまう自分では。
どうしたらいいか先に聞いておけばよかった、と後悔し出した時、ズボンの裾をくいと引かれた。
足元を見ると、一人の男の子が立っていた。どうした、と声をかけようとして、ふと止まる。元々由布院の背が高いこともあって、子供は余計に小さく、遠くに見えた。
子供と話す時は子供と同じ目線で、だっけか。
すっと膝をついてしゃがむと、やっと顔がきちんと見えた。不安げな顔をしているのが判ってしまった。それもそうだろう、やる気があるんだかないんだか判らない、この知らない男は、中々返事をしてくれないのだから。無意識のうちに笑うと、由布院はそっと頭を撫でてから聞いた。
「なに、どうした?」
「おにーさんもお絵かき、する?」
遠慮がちにクレヨンを差し出され、思わず吹き出した。手持無沙汰にしていたことは、バレバレだったらしい。見ると、鬼怒川もクレヨンを借りて、お絵かきに勤しんでいた。
「あんま得意じゃねぇんだけど、一緒に描いてくれるか?」
クレヨンを受け取ると、男の子は嬉しそうに頷いた。向けられたきらきらした眼差しは、どこか有基を思い出した。
「何描いてんの」
「うさぎとあめとおうち!」
「あ、この丸が飴で、これが家か……」
「うん! おにーさんはハート?」
「ま、そんなとこだ」
特に描くものが浮かばず、とりあえずラブレスレットのハートを描いてみたのだが、中々嬉しそうだ。こんなもので喜んでもらえると、もっと喜ばせてみたくなる。
ちょっと本気出すか、と余白にクレヨンを走らせる。二頭身くらいの、アイコンっぽい感じの絵を見て、男の子はもっと目を輝かせた。
「これ、ぼく……?」
「一応な。似てねぇ?」
「すごーい! ありがと、えんおにーさん!」
男の子は嬉しそうにスケッチブックを抱きしめ、「せんせー、えんおにーさんがね!」と駆けていった。それを聞きつけ、「おれもかいてー!」「ぼくも!」と子供たちが由布院を取り囲んだ。
「え、あー……ま、仕方ねぇか。一人ずつな」
いつも通りの気の抜ける笑みを浮かべると、由布院は一人ひとりの顔を見つめた。