「七緒せんぱーい、メールですよー!」
 見た目通りの元気な声で着信を伝える【一六】に手を伸ばすと、嬉しそうに擦り寄ってきた。
「一六くん、メールが見たいので戻ってください」
「えぇ……はい……」
 打って変わってしょんぼりした【一六】は、ふっと姿を消した。
 愛用の携帯だけが、手元に残る。

 和倉の携帯が人の形を取るようになったのは、つい最近のことだ。
 何でもないある日、携帯を置いていた位置に少年が正座していた。不法侵入かと訝しむ和倉に、少年は頬を上気させてぺこりと頭を下げた。
『あ、あのあのあの! この姿でははじめまして! 俺、一六って言います! これからも可愛がってください、七緒先輩!』
『……これからも?』
『はいっ! 七緒先輩が大事に使ってくれたから、こうしてヒトになれたんです!』
『すみません、最初から説明してもらえますか?』
 流石に白旗を上げると、一六は強く頷いた。
 自分は和倉の携帯だ。本来であればこんなことは起きないが、和倉が大切に扱い続けてくれたおかげで、こうして心が宿った。ヒトの形を取れるのは、和倉が望む時と、望まなくない時の二つ。つまり、嫌だと感じる時は出て来られない。
『僕が今、嫌だと言えば、君はどうなるんですか』
『……いなくなります。俺、七緒先輩とこうして喋れて、会えて、嬉しかったです。これで終わりでも、後悔……全然、後悔……』
 無理やりに浮かべていた笑顔は、段々と歪んでいく。あっという間に涙がにじみ、零れそうに溜まった。
『おれ、七緒先輩と、もっと一緒にいたいです。やだって、言わないでください……』
『……僕はまだ何も言っていませんよ』
 やれやれ、と頭を撫でてやると、ぱちぱちとまばたいていた。勢いで、溜まった涙が流れていく。頭から離した手でそれを掬うと、急にあわあわとし始めた。何をされているか、漸く気づいたらしい。
『いいですよ、別に。何だかやかましそうな気もしますが、退屈はしなそうです』
『っっっ……! ありがとうございます!』
 ぱっと輝いた笑顔は、何だかとても眩しかった。

「……一六くん、またメール消しましたね?」
 いくつかなくなっているメールを見て、和倉は一六をじとりと見つめた。ぷいとそっぽを向いた一六は、「だってだってだって、」と口を開いた。
「七緒先輩、大樹先輩と喋ってる時楽しそうで、何かここがぎゅーってしたんです」
 胸の辺りを指すと、一六は今日もやっぱり反省した面持ちで「……ごめんなさい」と謝った。
 こうして一六が勝手にメールを消してしまうのは、もう五度目だ。流石に未読のものは消さないが、鍵をつけていないとすぐに消してしまう。消すのは決まって宇奈月からのメールで、判りやすくやきもちを焼いていた。
 問題なのは、未だに一六の方にその自覚がないことだ。
 自分から「やきもちですか?」と聞くわけにはいかないし、かと言って他に当てがあるわけでもなく、今日まで泳がせてきてしまった。
 自覚させてどうしようというのか。一六はヒトの形をしているが、所詮モノだ。この先も和倉の傍にヒトとしていられるわけじゃない。
 未来はあるようで、ない。
「……俺、この前調べちゃったんです」
「何をですか? 鍵付きのメールの中身ですか?」
「そ、それは流石に開けてないです! そうじゃ、なくて、この感じのこと、です」
 胸に当てていた手を離すと、視線を下げた。
「そしたら、やきもちとか嫉妬とか、沢山出てきて。俺、最初は全然違うって思ったんです。だって、俺はモノだから。これはヒトとヒトの話だって」
 きっ、と視線を上げた。大きな瞳に、いつも通りの強い光が映っている。
「でもでもでも、何度も読んでたら判ったんです。傍にいられるのが嬉しいわけも、楽しそうだと俺も楽しいのも、でも誰かとすげー仲良すぎるともやもやするのも、これのこと、何て呼べばいいのか」
「……名前なんてない方がいいと思いますよ」
 名付けてしまったら、質量が伴ってしまう。見なかったことにも、気づかなかったことにもできない、確かな存在になってしまう。
 なのに、どうしてそれを本気で止められないんだろう?

「俺、七緒先輩が好きです。大好きです」

 これ、恋って言うんすよね?
 最後は、恥ずかしそうに目を細めた。
 嗚呼、ついにやってしまったな。和倉は大きく、大きくため息をついた。
「な、七緒先輩……? 俺、迷惑かもですけど、だから、えっと、別に返事とか何とかいらないって言うか、言えて満足って言うか!」
「……勝手に満足しないでもらえますか」
「え」
「仕方ないですね、一六くんは。……いいですか、一回しか言いませんからね」
 ぐい、と引き寄せると、一六の小さな体がぶつかってきた。急に一センチ圏内に入れられ、一六が大いに戸惑って、というより、爆発したのが判った。
「な、なな、七緒先輩!?」
 体が熱い。一六が発熱しているんだ。そういうことにしておこう。

「僕も好きですよ。大好きです」