※社会人パロ
誕生日、が特別な響きでなくなったのは、一体いつからだったろうか。
ふぅっと息をつくと、霧島は立ち上がってデスクを片づけた。いつもより少し早い時間なことが気になるが、一応、今日は帰っていいと言われている。折角誕生日なんだし、残業は任せろ、ということらしい。本当にいいんですか? 本当にいいの?と確認すると、各々にサムズアップされた。ただ、こっちの番の時は宜しくな、と言われ、勿論頷く。
昼間の熱気がまだ居残りしている空の下、家に向かって歩いていた。今日は特に何の予定もないし、折角なら好みのケーキ屋で小さめのホールケーキを買ってもいいかもしれない。ホール食いってやってみたかったんだよね、と呟きながら、方向転換してケーキ屋への道のりを急ぐ。
「……あれっ」
ケーキ屋のドアを開けようとした時、店内に知り合いがいるのが見えた。ショーケースの前で佇んでいた【彼】の目線が、不意に入口へ向いた。
「っ!」
ぴたりと目が合うと、驚いたように少しだけ瞠られた。霧島が迷っている間に、ドアが開いた。
「りょーちん、店の外で何してるの」
「鏡太郎こそ、ケーキ屋に用事?」
うん、と修善寺は頷くと、また目をショーケースの方へ向ける。箱を持った店員が、不安げに視線を彷徨わせていた。多分、注文してきた客が消えて驚いているのだろう。
霧島を置いたまま、修善寺一人で店に戻る。いくらもしないうちに出てくると、霧島の手を取った。
「えっ、ちょっ、鏡太郎!?」
「帰ろ」
「か、帰るってうちに!? 鏡太郎も!?」
「ダメ?」
足を止めると、修善寺は可愛らしく首を傾げた。綺麗な赤の瞳が、宝石のようにきらめいていて、ああもう狡いなぁと思いながら、「ダメ、じゃないけど」と受け入れてしまった。
家に着いて鍵を開けると、霧島よりも先に修善寺が入っていった。別にいいけど、と思いながら玄関へ入ったら、修善寺が奥から顔を覗かせた。
「おかえり、りょーちん」
「た、……ただいま」
一緒に帰ってきたのに、へんなの。
そうは思うけれど、何だかいつもより寂しくなくて、思わずくしゃりと笑った。
買ってきたお惣菜を見ながら、鏡太郎も食べるよなと考える。
「鏡太郎も食べる?」
「……うーん……、食べる」
「オッケー、あっためるね」
皿を出し、トレーに乗っているおかずを二人分に分ける。今朝炊いたご飯も二人分よそうと、レンジでチンした。先にご飯を温めておけば、もし色々ミスって熱々にしすぎても、おかずを温めている間に冷ませる。
「ねぇ、鏡太郎、今日ケーキ屋で、っていない!?」
いつの間にか、忽然と姿を消していた幼なじみを全力で探す。浴室の電気が点いているのが見えて、ほっと息をついた。いや、何で勝手にうちの風呂入ってるんだろう。
とんとん、とノックすると声をかける。
「鏡太郎、起きてる? 沈んだりしてない? うちで沈んだら溺死事件になるからやめてね?」
「……りょーちん殺人犯にしたくないから頑張る」
「いや、そこは頑張らなくても気をつけてよ」
とりあえず、頑張ってくれるらしいので期待しておく。
温まったおかずとご飯をテーブルに乗せると、丁度修善寺が風呂から出てきた。当然のように下着一枚だ。
「鏡太郎! 着替えないならないって言ってよ!」
「ごめん?」
「もーっ、今探して来るから!」
こんなんじゃ風邪引いちゃうよ、とぼやきながら適当な部屋着を探す。
「とりあえずこれ着て! 今お茶淹れてくるから!」
「……サンキュ」
優しく微笑まれ、とくりと心臓が跳ねる。まったく、これだから顔がいい人種は。
お茶を淹れて戻ると、二人並んで夕ご飯にした。
「……ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした。洗い物してくるね」
食器を片づけようとすると、裾を掴まれた。何かあるのか、とそっちを見ると、入れ替わるように修善寺が立ち上がった。そのまま台所へ歩いていくと、冷蔵庫から何やら箱を取り出した。
「……はい」
「……えっと」
「開けて」
「う、うん……」
促されるまま、箱を開く。と、白い円柱が見えて、目を見開いた。
「ホールケーキ……!」
「うん。前にりょーちん、一人で一個食べたいって言ってたでしょ?」
「お、覚えてたの!?」
うん、と簡単に頷かれ、何とも言えない声が漏れる。念願のホールケーキだ。ここの店のケーキは、甘さが丁度良くて、いくらでも食べられそうだと思うくらい、美味しい。
食べたい、けど。
霧島は改めて立ち上がると、皿を下げた手でフォークを二本持って来た。そのうちの一本を差し出すと、修善寺は目をぱちぱちさせた。
「いいの?」
「うん。折角鏡太郎が買ってきてくれたんだから、一緒に食べたい」
「……じゃあ、遠慮なく」
霧島の反対側からフォークを突き立てて、ケーキを崩していく。「……うん、美味しい」と頬をゆるめたのを見て、やっぱり一緒に食べることにして良かったと思った。
「……りょーちん」
「なに?」
名前を呼ばれ、顔を上げると、苺の刺さったフォークが口元にあった。
「えっ、と」
「あーん」
「えっ!? いや、えっ、あっ」
「あー、ん」
ずいずい、とフォークが近づけられ、恥ずかしさが募る。こうなったら多分折れてはくれまい、と腹を括ると、口を開く。
「あ、あー……ん」
「美味しい?」
もぐ、と噛み締めると、甘酸っぱい苺の味で口の中がいっぱいになる。
「美味しい……と、思う」
「じゃあもう一個、」
「は、いいから! ありがとう!」
これ以上、味の判らない苺を食べたくない。
相変わらず、読めないことをする幼なじみだ。
のんびりと二人でケーキを平らげると、箱とフォークを片づけた。
「ごちそうさま。ありがとう、鏡太郎」
「どういたしまして」
にこりと微笑むと、修善寺はいつも通り欠伸をした。うちに帰る、と言ってきたくらいだし、恐らく泊まる気なんだろう。
もう寝ちゃうかな、と思いながら食器を洗っていたら、床がきいと鳴った。
「りょーちん」
「あれ、鏡太郎起きてたの? どうせなら布団に、」
「忘れてたことあった」
「忘れてたこと?」
何だろう、と手を拭きながら、修善寺の方を向く。珍しく迷っている様子の修善寺は、ん、と頷くと、霧島をじっと見つめた。
「……誕生日おめでとう、りょーちん、」
そういえば言われてなかったっけ。
ありがとう、と返そうとしたが、それよりも先に言葉が続けられた。
「好きだよ」
誕生日、が特別な響きでなくなったのは、一体いつからだったろうか。
珍しく恥ずかしそうに、顔を赤く染めた幼なじみの告白は、随分久々に誕生日を特別な響きに変えた。