すぅと吸い込む空気が、鋭く肺を凍りつかせていく感じがした。呼吸やめたいなぁなんて無謀なことを考えていると、隣の道後が身を縮こまらせた。
「ううう……寒いっすねー……」
「そうですね。ついこの間まで夏だったのに、何だかあっという間に冬になってしまいました」
「ですよね! 何か年々秋なくなってないですか?」
「ええ。折角の紅葉も、すぐ散ってしまうので残念です」
「紅葉! 俺、もみじ好きです! 真っ赤で目立つし!」
「ふふっ、確かに目立ちますよね。あんなに赤い葉は、もみじかポインセチアくらいなものでしょうか」
「ポインセチア、って何ですか?」
「クリスマスシーズンにはよく見かけますよ。……クリスマスの頃、教えてあげます」
「ほんとっすか!」
「覚えていたらね」
「俺、覚えてます! 絶対絶対絶対覚えてますから!」
うわぁ……!とテンションが上がっている横顔から、視線を少しだけ下げる。むき出しの両手から伸びる指先が、寒そうに赤くなっているのが判って、和倉は自分の手袋をきゅっと握った。
「一六くん、」
今日は寒いですし、早く帰りましょう――と言うのは容易いけれど。
和倉はコンビニを指差すと、にこりと笑った。
「少し寄り道したいので、付き合ってくれますか?」
「はいっ!」
もう少しだけ、一緒にいたいと思うのはわがままだろうか。
コンビニで、その場で淹れるタイプのカフェオレと肉まんを一つ買って、近くの公園まで移動した。時折寒風が吹きつけるというのに、そこいらを遊び回る子供がちらほらいて、【子供は風の子】とはよく言ったものだ、と思った。
適当なベンチに座ってから、袋を渡す。
「良ければどうぞ」
「えっ! そんな、お金払います!」
「いいですよ、大した金額じゃありませんし。いらないなら、無理にとは言いませんが」
「あ、ありがとうございます! いただきます!」
ばっと頭を下げてから、道後は袋を受け取った。明瞭な声なき「うまそー……」を聞かされて、買わないわけにはいかなかっただけだから、遠慮しないでくれてよかった。カフェオレを啜れば、さっき凍りついた肺までもが蘇生したような気がした。
ちら、と視線を向けると、道後が正に肉まんにかじりつこうとしているところだった。肉まんの湯気と、道後の呼気が混ざり合って、白い糸になって溶けていく。大きく開いた口が、柔らかな皮に噛みつくさまを、わけもなく見つめてしまった。
「んんん……! うまーいっ! 寒い日に食べる肉まん、マジでマジでマジで超美味い!」
瞳をきらきらさせ、中身で火傷したりしながらも、むしゃむしゃと肉まんを平らげていく道後にそっと微笑む。たかだか数百円の肉まんをこんなに美味しそうに、幸せそうに食べるのだから、随分安上がりだ。
あっという間に肉まんを食べ終えると、道後がぱちんと手を合わせた。合わせられた手の指先を見て、和倉はこっそり安堵した。温かい肉まんのおかげで、少しはマシになったようだ。
「ごちそうさまでした! 七緒先輩、ありがとうございました!」
「いえいえ。美味しかったなら何よりです」
「はいっ!」
未だ幸せの余韻を滲ませて、道後が大きく返事した。ぱっと視線が前へ向き、和倉が視界から外れたのが判ったところで、もう一口カフェオレを飲んだ。まだ結構残っていそうだった。このまま道後を居座らせるのは得策ではないだろう。下手をすれば風邪を引かせてしまう。
今度こそ帰さないといけないのは、判っている。判っている。わかって、いる。
判りたく、ない。
和倉は一旦紙カップを脇に置くと、手袋を両方とも外してから、道後の手を掬った。戸惑う声もお構いなしに、外したばかりの手袋を彼の手にはめる。
「え、な、七緒先輩!? あ、あのあのあの! これじゃ七緒先輩の手が冷たくなっちゃいますよ!」
「まだカフェオレも残ってますから、大丈夫です。それに、僕より一六くんの手の方が寒そうですし」
「え、で、でも……」
「貸してあげます。だから、」
手袋をはめた道後の手から、手を離せば、そのまますとん、と膝の上に落ちた。
「飲み終わるまで、ここにいてくれませんか」
ね、と言って笑うと、道後はきゅっと手を握りしめた。それから。
「……はい」
こくり、と真っ赤な顔で頷いた。
「えーっと……寒い、っすね」
「……そうですね」
「七緒先輩は、冬好きですか?」
「……嫌いですよ」
「何でですか」
「冬は寒くて、……人肌恋しくなりますから」
「ひ、人肌……」
「……ふふっ、なんてね」
不意に口調を軽くすると、道後がぶわっと赤くなった。それを見て、わざとらしく「おや?」と顔を覗き込む。
「顔、赤いですけど寒いですか?」
「へっ!? あ、あー、はい! すげー寒いです! うわうわうわー、寒いなー!」
急な大声に、何人かの子供が振り返った。無邪気な視線に晒され、道後は益々赤くなりながら縮こまった。
最後の一口を飲み切ると、和倉はカップをゴミ箱へ捨てた。いよいよ時間切れだったが、さっきよりは随分【判って】いた。
「それじゃあ帰りましょうか」
「は、はいっ! あ、七緒先輩、手袋!」
「うーん……明日返してくれればいいですよ」
「でもでもでも、」
「後輩を連れ回した上に風邪を引かせたとあっては、部長の名折れですから。諦めて借りてください」
「……ほんとに、いいんですか?」
「ええ」
だって本当は――。
曲がり角で、いつまでも手を振っている道後の手を包む緑色を見て、和倉は切なく笑った。
冷たい手を取って、温めてあげたかったのだから。