いつもの面子、いつもの黒玉湯で。
由布院は冷たいコーヒー牛乳で、やんわりと渇きを癒していたのだが、ふと思いついたことを口にした。
「なぁアツシ。俺さ、今考えたことあんだけど」
「なに煙ちゃん。ワールドカップ? 非核化? ゴルフ?」
「いや、風呂上がりの一杯」
「風呂上がりの一杯……牛乳とか?」
少し汗ばんだ牛乳瓶を手のひらで転がしながら、鬼怒川が聞き返す。それに頷くと、有基たちの方へ視線をスライドさせた。
「所謂【風呂上がりの一杯】と言えば、高確率で牛乳だ。勿論ストレートな牛乳だけでなく、牛乳と名乗ることを禁止されたものの、何となく牛乳と呼び続けてしまう乳飲料たちをも含めれば、ほぼ百パーセントと言えるだろう」
「ただ単に牛乳、じゃなくてもコーヒー牛乳とかフルーツ牛乳とか、その辺りも含めれば結構選択肢広がるしね」
「でもさ、じゃあ家でも風呂上がりにフルーツ牛乳飲むか?って話よ。家だったら何か別なもん飲まねぇ?」
「そうだね……俺は麦茶かな」
「俺も麦茶だ。……にも関わらず、何でここだとコーヒー牛乳を手に取っちまうんだ? 本当の意味で渇きを癒すのであれば、麦茶が最適だと思ってるくせに、ここではさらっとコーヒー牛乳。何なんだろうな」
「まあ、今この場にないからって言うのもあるんじゃないかな。黒玉湯、っていうか銭湯って、あんまり牛乳以外の飲み物あるイメージないし」
「確かにな。そもそも、何で銭湯イコール牛乳なんだ?」
二人して空になった牛乳瓶を見つめていると、鳴子が瓶を片づけながら会話に入ってきた。
「冷蔵庫がまだ高級品だった頃、冷蔵庫が設置されていることの多かった銭湯に牛乳屋が着目し、商品を置いてくれるよう頼んだ……という説があるようですよ」
「へぇ。じゃあ俺たちは牛乳屋の陰謀に乗せられ続けてるってことか」
「牛乳屋の陰謀って何ですか」
「因みに、イオは風呂上がりの一杯は何派?」
「私ですか? 私はサイダーですね」
「サイダー?」
シンプルに水、とかが来そうだと思っていただけに、少しだけ驚く。それに気づいていない様子の鳴子は、普通に続けた。
「あの喉越しの良さと爽やかな甘さが、火照った体を丁度良く冷やしてくれるんです。実は風呂上がりに冷たいものを飲むのは良くないそうなのですが、こればかりはやめられなくて」
「え、じゃあ、あったかいもん飲んだ方がいいわけ?」
思わず目を丸くすると、鬼怒川が「そういえば」と言葉を足した。
「内蔵が冷えて血の巡りが悪くなったり、水分が吸収されにくくてむくむとか……、聞いたことあるかも」
「マジか……全く気にしたことねぇわ」
「だろうね……。俺もイオと一緒で、こればっかりはやめたくない派かなぁ」
とりあえず確実に三人、健康を擲ってでも冷えたものが飲みたい人たちが集合した。何というか、ロクな集まりじゃないが。
「因みに、リュウは何を飲みますか?」
鳴子が蔵王にも振ると、「んー?」とドライヤーを止めた。
「白湯?」
「白湯なの?」
鳴子の時とは逆に、甘い飲み物を好みそうだと思っていただけに驚く。白湯、随分渋めのチョイスだ。
「ばーちゃんがこれ飲みなって出してくれてたんすよ。で、そのうち何か自分でも白湯飲むようになったっていうか」
「この中で一番健康的なのはリュウですね……」
鳴子が感心したように唸ると、由布院は有基に視線を向けた。刺さる、というか、つつく感じの視線に気づいたのか、有基がこてんと首を傾げた。
「で、ユモトは?」
「牛乳っす」
「マジ?」
「マジっす。みんなといる時はここのやつ飲むけど、ここじゃない風呂上がりでも、フツーの牛乳飲んでるっす!」
「牛乳って喉の渇きはそこまで癒えなくね? 何か口の中べたべたするし」
「甘くて美味いし、骨にもいいし、風呂上がりに飲むと、体の中すーって入る感じして好きなんす!」
「風呂屋の鑑か」
にこにこ顔のユモトをぽんぽん撫でると、牛乳瓶を渡してやった。特に意味はないが奢りだ。
「煙ちゃん先輩ありゃっす!」
「おー、大きくなれよー」
「テキトーか」
「そういや、牛乳と身長って関係ないんですよね?」
蔵王が牛乳瓶を傾けつつそう言うと、有基の目がまん丸になった。
「そうなんすか? 俺、あんちゃんに何でそんなおっきくなれたのって聞いたら、沢山牛乳飲んだからって言ってたっすよ!」
「牛乳を飲めば飲む程身長が伸びる、というわけではないですよ。他にも必要な栄養素を摂り、十分な睡眠時間を確保し、そして適度な運動をする、ということが大切です」
「よく食べてよく寝て、で、よく遊べってことっすか?」
「要約するのであれば。寝る子は育つ、といいますが、あながち外れてはいないようですし」
「うーん……よく食べてるしよく寝てるし、遊んでるんすけど、何かおっきくならないんすよねぇ」
思案顔の有基に、鬼怒川までもが思案顔をした。
「ユモトの場合、まだ一年生だし、成長期がまだなのかも。あと一、二年したら、案外身長が伸びて、」
ここで不自然に言葉が途切れる。
不思議そうな顔で、有基はそれぞれの顔を覗き込んだが、誰も微動だにしない。
この時、四人の頭に浮かんでいたのは、自分たちよりも遥かに大きく、強羅よりも大きく成長した有基の姿だった。イメージだから、というのもあるが、なぜか筋肉まで隆々だ。まるで仁王様のような出で立ちの、有基。ごっつい有基(想像)が「煙ちゃんせんぱーい、アツシせんぱーい、イオせんぱーい、リュウせんぱーい!」と駆け寄ってくる光景。
がっと四人から同時に肩を掴まれ、有基はぱちぱちとまばたいた。
『ユモトは、そのままで』
「えぇー! 何でっすか、俺もおっきくなりたいっす!」
「ダメだ、なっても俺の背は抜くな」
「いえ、私たちの背は抜かないでください」
「何でっすか! あっ判ったっす、先輩ズ、俺に身長負けるのやなんすね! 絶対おっきくなってやるっす!」
『ユモトー!』