――夜。
最後の一人に手を振ると、月彦は扉を閉めた。二人同時に息を吐くと、疲れた顔で、でも満足そうに微笑んでハイタッチした。
「お疲れ、アキ」
「ハルこそお疲れ」
今年の誕生日はApesたちと過ごそう、と決めたのは二人だ。去年までは押し付けられるというか、送り付けられるというか、な贈り物たちを一応受け取るだけ受け取っていたのだが、今年からは向けられる好意にできるだけ応えたい、と考えてのことだった。
防衛部との戦いがなければ、有基に気づかされ、強羅によって認められた愛がなければ、思いつかなかっただろう。
そんなわけで、夏休みということで昼から始まった【アキさまとハルさまのご誕生をお祝いさせていただく会〜お生まれになったことをこの世のすべてに感謝を〜】は、ついさっき大盛況で終わった。誓って言うが、このタイトルをつけたのはApesたちであって、自分たちではない。
挨拶して、ケーキを食べて、一人ひとりと話して、ライブもして。盛り沢山にしすぎた気はしたが、古参とも、いつもはあまり話す機会のない新米とも、直接話す時間を持てたことは純粋に嬉しかった。
嬉しかった、けれど、疲れないというわけではない。
さっとシアターまで戻ると、背中合わせに座った。きっちり片づけまでやっていってくれたので、特にすることもない。いや、まあ勿論遠慮はしたけれど、「やらせてください!」と懇願されてはしょうがない。
『……はぁ』
そっともう一度息を吐くと、来客を知らせるチャイムが鳴った。誰か忘れ物でもしたんだろうか、とは思うけれど、できれば明日にしてほしい。申し訳なく思いつつ無視させてもらうと、やがてドアが叩かれた。しつけーな、と日彦が小さく舌打ちして立ち上がるまでの間に「ブラザーズせんぱーい、寝ちゃったんすかー!」と大声が聞こえてきた。
『ユモト!?』
月彦も立ち上がると、バン!と扉を開ける。急に叩くところがなくなったようなものだから、有基は二人にグーパンチを決めた形になった。
「だ、大丈夫すかブラザーズ先輩!」
「ってーだろ何しやがる! こちとら今日誕生日なんだぞ! 何で誕生日に殴られなきゃなんねーんだよ!」
「そうですよ、折角幸せな気分で終われそうだったというのに、水を差されたようなものです!」
「本当にごめんなさい! でも、俺どうしてもブラザーズ先輩に会いたくて!」
ぎゅっと手を握りしめて叫ぶ姿に、吊り上がっていた眉がゆるゆると下がっていく。日彦はバツが悪そうに頭を掻きながら、「あー……」と口を開いた。
「で、俺たちに何の用なんだよ」
「俺、ブラザーズ先輩たちの誕生日会したかったんすけど、今日忙しそうだったからやめたんす」
「あぁ、そうだね。今年はApesたちと過ごすって、前々から決めていたから」
「すっす」
有基は大きく頷くと、「でも」と付け足した。
「どうしても直接おめでとうって言いたくて来ちゃったんす。叩いてごめんなさい」
「……まあ、急に開けた僕たちにも非がなくもないから、許してあげるよ」
「ほんとっすか! ありゃっす!」
ぱっと笑顔になった有基を見て、二人して苦笑いした。
「そうだ、ブラザーズ先輩風呂入ってかないっすか? もう閉まる前だから貸し切りなんすよ!」
「……風呂か。貸し切りなら悪くねーんじゃねぇ?」
「ああ、丁度いいね。今日は少し疲れたから」
「決まりっすね! ささ、どうぞっす!」
有基に手を引かれ、暖簾を潜ると強羅が女湯の掃除を終えて出てきたところだった。
「月彦くん、日彦くん。いらっしゃい、ゆっくりして行ってくれ」
強羅が表の看板を【今日は終わりました】に代えながら微笑むと、『ありがとうございます、強羅さん!』と最敬礼した。
「ブラザーズ先輩っ、背中流すっすよ!」
「別にいらねーよ」
「えっ……そう、っすか……」
「……う、嘘に決まってんだろバカ! ……頼む」
「うっす!」
「ふふふ……っ、絆されてる」
「アキうるせー……」
むぅっと眉を寄せてみせた日彦を見て、月彦はまた笑った。
誰もいない風呂場へ入ると、まずは髪を丁寧に洗ってから、一足先に湯船で遊んでいた有基を呼んだ。
「ほら、背中洗うんだろ。早くしろ」
「はーい! じゃ、いくっすよー!」
ごしごしと背中を擦るタオル越しに、少しだけ小さな手を感じて何となく気恥ずかしくなる。思わず視線を逸らすと、逸らした先で月彦が肩を震わせていて、益々恥ずかしくなった。
「何笑ってんだよアキ!」
「いや……ふふふっ、丸くなったなぁって……ふふふ……」
「じゃあアキもやってもらえよそうすれば判るから!」
「大丈夫っす、あとでアキ先輩もちゃーんとやるっすから!」
「いや、僕は先に湯船に浸かってるよ。ごゆっくり」
「あ、アキ逃げんな!」
逃げ場を失った日彦は、顔を真っ赤にして「くそ……っ」と呟きながら、楽しげに背中を流す有基に耐えていた。
「アキせんぱーい、背中流すっすよー!」
「僕はもう洗ったから大丈夫だよ。ありがとう、ユモト」
「ずりー……」
不満げな日彦と、満足げな有基に挟まれるようにお湯に浸かる。
わくわくそわそわと、落ち着かない様子の有基が口を開いた。
「誕生日とかって、すげー楽しいっすよね!」
「そうだな」
「そうだね」
「プレゼントもらって、ケーキ食べて、みーんなに祝ってもらえて……最高に嬉しくて幸せなんすけど、誕生日が終わるほんのちょっと前に、ほんのちょっとだけ、色んなことありすぎて頭も胸もいっぱいになって、体がぎゅーって重たくならないっすか?」
『…………』
いつだって元気いっぱいで、いつだって120%で喜びそうな有基にしては、珍しい意見だった。有基は二人をしっかりと見つめてから、くしゃっと笑った。
「ブラザーズ先輩もそうかなって、うちの風呂入りに来ないかなって思ってたんす。……結局待ちきれなくて迎えに行っちゃったんすけど」
迷惑だったっすか?と眉を下げるものだから、月彦はそっとかぶりを振った。日彦は「はぁ?」と声を上げると、対称的に眉を吊り上げた。
「迷惑なわけねーだろ、バカ」
「強羅さんにも会えたしね」
「……ブラザーズ先輩」
なぜだか泣きそうな目で笑うと、有基はぱしゃんとお湯を打った。
「なら来年も、俺ブラザーズ先輩のこと迎えに行っていいっすか!?」
『それはいい』
「何でっすか!?」
いかにもショックです!と言わんばかりの有基を見て、二人は声を揃えて笑った。
「だって来年は、」
「俺たちが行くからな」
まばたき一つ。
すぐに嬉しさが全身を駆け巡ったようで、有基は月彦たちに向かって飛びついた。お湯が大きくザバン!と音を立てる。
「ブラザーズせんぱーいっ!」
「バっ、やめろ!」
「近所迷惑ですよ!」
「ゴラァ、風呂場で騒ぐ子はいねーが!」
『ごめんなさい!』
鬼の形相で強羅が飛び込んできて、三人揃って謝ってしまった。反射的に飛び込んできていたようで、「すまない、邪魔した」と出て行った。
「……そうだ。月彦くん、日彦くん」
『は、はいっ!』
外から呼びかけられて姿勢を正す。飛びついていた有基が剥がれるくらいの勢いだった。
「もしよければ、ケーキをもらってくれないか。ユモトと二人で作ったんだが、今からは食べら、」
『食べます! ぜひ強羅さんも一緒に!』
「俺もケーキ食べたいっす! あんちゃん、お茶いれて!」
はいはい!と有基まで手を挙げると、強羅は笑って「判った、用意しておく」と脱衣場を出て行ったようだった。月彦と日彦は顔を見合わせてから、ひしと抱き合う。
『強羅さんの手作りケーキで祝えるなんて……何てスペシャルな誕生日……!』
「俺も手伝っ、」
「こうしちゃいられねーなアキ! 早速一眼レフ持ってこねーと!」
「それに、ちゃんと正装してこないとね! ねぇ、ハル、強羅さんにも写っていただこうよ! 今日は誕生日なんだし、そのくらい……いや、やっぱり烏滸がましいかな……?」
「やろうアキ! 何だってやってみなくちゃ始まらないだろ!」
「ハル……!」
「俺も手伝ったん、すけどー……」
聞こえてなさそうだ。有基は一瞬だけ苦笑いしたが、ぱっといつも通りに笑った。
「まいっか! ブラザーズ先輩幸せそうだし!」