「ねぇねぇ、これって何の準備? 一六はどうしていないの?」
 いつもの部室で、何かしらの準備を始めた面々にカルルスが聞くと、霧島が袋から紙皿を出す手を止めて答えてくれた。
「今日、一六の誕生日なんだ。それで、サプライズパーティーしようと思って、準備中」
「本人のサプライズパーティーの準備に、本人を呼ぶわけにもいきませんからね。一六くんには少し遅い時間を伝えておいたんです」
 和倉から付け足され、カルルスはぱぁっと顔を輝かせた。
「いいね〜っ、ハッピーが押し寄せてくる感じがするっ!」
「あはは、一六もそのくらい喜んでくれるといいんだけど」
「喜びますよ、きっと。『うわうわうわーっ、ありがとうございますっ!』って、目ぇきらきらさせて」
「流石太子くん、一六くんのマネも上手ですね」
「……」
 万座がふい、と視線を逸らすと、「……あ?」と声を上げた。
「あの、外にいるのって」
「え?」
 すっと指差すその先を、全員で狭い窓に張りつくように見つめた。
 軽快な足取り。何が輝いて見えるのか、いつもきらきらと眩しい瞳。太陽の下でも見劣りしない、明るいマゼンタの髪。
 その人物を一番に理解したカルルスは、呑気に首を傾げた。
「あれあれ? 一六だ」
「って、一六!? 何で、早いよねまだ!」
「えぇ……まだ三十分は前ですね」
「たいたい、今日のことってちろに話してないよね?」
 机に紙のランチョンマットを敷いていた修善寺が、手を止めることなく聞く。万座は「当然です」と返してから、頭を抱えた。
「多分、家にいても暇だったんでしょう。それで、早い分にはいいだろうと学校に来たんじゃないかと……」
「えらいけど、今日はやめてほしかったね……。ど、どうしよう鏡太郎、まだ準備できてないよね?」
「んー……。飾りつけ、まだ残ってる」
「じゃあ魔法で時間を止めちゃえばいいんだよ!」
 カルルスが名案とばかりに言うと、全員が首を傾げた。霧島が不思議そうに眉を寄せる。
「時間を止めるって……どうするの?」
「ん? こんな風に!」
 いつもと同じようにキスで魔法をかける。何も言わなくなった霧島に、視線が集まった。
「き、霧島先輩?」
 おーい、というように目の前で手を振ってみせたが、まばたきすらしない。意を決した様子で、万座が頬をぺちぺちと叩くが、それでも一切動かなかった。
「……死んでる?」
「たいたい、怖いこと言わない」
「なるほど、時間を止めるというのはこういうことですか。因みに、止まっている間にされたことってどうなるんですか? やはりなかったことになるんでしょうか」
「ううん、魔法を解いた時に一気に来るよ!」
「そうですか。では」
 何やら思いついた様子の和倉は、霧島の耳元に唇を寄せた。そのまま、ふーっと息を吹き込む。
「もういいですよ。カルルス、魔法を解いてください」
「はーいっ!」
 万座が明らかに「えぇ……」と言いたげな目をしていたが、カルルスは気づかず、同じようにキスで魔法を解いた。
 途端、さっき言っていた通り、『一気に来』たらしい。
「……うひゃぁっ!」
 耳元を押さえ、真っ赤な顔で霧島が飛び出した。いつも以上に笑顔な和倉は、本当に、全く以て何事もなかったかのように、「おや」と呟く。
「急に大声を上げて、どうしたんですか龍馬くん」
「い、今何か耳元で……!」
「誰も何もしてないですけど。何か出たんでしょうか、夏ですし」
「えっ、お、おばけ!? 昼間から!?」
「そうかもしれません……。龍馬くんは好かれやすい体質なんでしょうか。連れていかれないように気をつけてくださいね」
「きっ、気をつけるって言ったって……ど、どうしよう鏡太郎!」
「りょーちん。見たことないのに怖がったら、おばけがかわいそうでしょ」
「そ、そうかな……?」
「うん。話したら、案外仲良くなれるかもしれないし」
「そ、そっか……。元は生きてた人とかなんだし、話せば判ってくれる……かなぁ……?」
「すみません茶番はそのくらいにしてもらっていいですか。一六、もう校舎入ってるんで、そろそろ来るんじゃ」
 すっかり忘れかかっていた。時間が止まっていたのは霧島一人で、道後の時間は進んだままだ。つまり、間違いなく部室に近づいてきている。何の打開策もないまま、時間だけが無情にも過ぎていく。
「仕方ありませんね。……カルルス」
 和倉に呼ばれ、カルルスは「なーに?」と足元から見上げた。
「一六くんのことを少しの間、連れ回してください。そうですね……巻きで準備しますから、十五分ほど」
「判った! 一六と一緒にどっか行ってればいいんだね!」
「そうです。お願いできますか?」
「オッケー! 任せてっ。……じゃ、行ってくるーっ!」
 カルルスは手を振ると、部室前の階段を駆け下りた。角を曲がろうとしたところで、誰かとぶつかる。
「うわっ!」
「いたた……な、何か今足に……ってカルルスじゃん」
「一六!」
 探し人を見つけて、ぱっと笑顔になる。部室でひと騒ぎしている間に、随分進んでいたようだ。危ないところだった。
「ねーねー一六っ、ボク、行ってみたいところがあるんだ! 連れていってよ!」
「えーっ!? 俺、これから部活なんだけど」
「だってあと三十分くらい余裕あるんでしょ?」
「何で知ってんだよ」
「……えーっと」
 さっき七緒がそう言ってたから、とは言えないしなぁと考える。
「鏡太郎が言ってたから! 今日の集まる時間! ボク、人間界の時計ちゃんと読めるから、時間早いことだって判るんだよ」
「へぇ、マジでちゃんと人間界の勉強してから来てんだな」
 誤魔化せた。
「じゃあじゃあじゃあ、行ってみたいところってどこ?」
「それは、えっと……こっちの方!」
 カルルスがテキトーに反対方向を指すと、「それ行き先探すとこからってことじゃ……」と零しながらも、【こっちの方】へ向かって歩き出してくれた。
 ただ歩くだけでは道後が飽きてしまうかも、と何か話題を探す。飽きて「もう部室に行く」となってしまえば、一巻の終わりだ。和倉に怒られてしまうかもしれない。いつもはにこにこ優しそうだが、ああいうのほど、実際に怒った時のギャップが凄いものだ。
 と、属領統治の教科書にも書かれていたし。
「一六って何が好き?」
「何が好き? えっと……一六タルト!」
 どうしてそんなことを、と聞くことなく、道後は素直に好きなものを挙げてくれた。「他には?」と聞くと、続けざまに好きなものを並べていく。
 学校。でも、授業は苦手。黒玉湯と、そこで飲む牛乳。カレー。甘いお菓子。ぱっと起きられた朝に、すぐに寝なくても怒られない夜。よく干したお布団の匂い。晴れた空と、曇り空の涼しい風。
 部室と部活。修善寺、霧島。万座。――和倉。
「好きなものいっぱいでいいねぇ、ハッピー!」
「おうっ。……じゃあ、カルルスは何が好きなんだよ?」
「ボク? ボクはねぇ、臣民がハッピーを感じてる姿! それと、フラヌイ!」
「フラヌイって……生徒会と一緒の、青いやつ?」
「そう。ボクの弟!……って、前も言ったね」
「何か向こう、めっちゃ怒ってたけどな……」
「フラヌイは何でも一生懸命で、何でも知ってて何でもできて凄いんだ! 自慢の弟!」
「へぇ……何か太子みてぇ」
「太子もそう?」
 歩くペースのズレが気になったのか、道後はカルルスを抱き上げた。よいしょ、と腕に抱えると、テキトーに階段を下りる。
「太子ってさ、クラスのみんなからあいつすげーって言われてるし、先生にもすげーって言われてて。勉強もすげーし、俺の知らねーこと、何でも知ってるし! でもでもでも、」
 夏休みの所為で、校舎内には人がいない。静かな階段に、道後の足音と言葉だけが響いた。
「俺が【知らねー】こと、バカにはしてこねーんだよ。『マジか』とか言うけど、『こんなことも知らないのか』とか、そういう風には言わねーんだ。俺、結構色んなこと判んねーこと多いから、そんなこともーって言われること多くてさ」
「……悲しかった?」
「……うん。知らねー俺がわりーけど、でも、そうやって言われるの、やだった」
「判らないことは判らないよね」
 腕の中、カルルスは身じろぎした。何となく落ち着く位置に収まった感じがして、安心しながら言葉を続ける。
「ボクも、フラヌイには判るけど、ボクは判らないことが沢山あって。『フラヌイ王子は知っているのに、なぜカルルス王子は知らないんだ』とか『王子としての自覚が足りない』とか……いっぱい言われて、悲しかった。そんな時、フラヌイはボクが判るまで説明してくれたんだ。ボクが判ると、『よかった』って笑ってくれて……嬉しかったなぁ」
「あ、それ判る。太子も俺が判るまで説明してくれるし、判ったら『よし』って言うんだ!」
「確かに、太子とフラヌイって似てるかも!」
「なっ!」
 顔を見合わせて笑うと同時に、階段を下り終えた。渡り廊下を抜けながら、道後は小さく呟いた。
「……何回判んなくっても、何回でも教えてくれるから何でも聞けるし、聞くの好きなんだよな」
「何て言ったの?」
「いやいやいや、何も言ってねーし! あ、ジュース! ジュース買おうぜ、暑いし!」
 道後は誤魔化すように大声を上げると、自販機でジュースを買った。スロットがついているタイプだったようで、ピピピ、と小さな画面の数字が変わっていく。
「当たれー……!」
「当たれー……!」
 二人して手を合わせながら、画面をじっと見つめる。数字は残り一つだ。
 ごくり、と息を飲んだのはどちらだっただろうか。
『あ……』
 ピ、と表示された数字は、すべて揃っていた。
『当たったー!』
 ハッピー!とハイタッチすると、急いでボタンを押す。道後は缶を取ると、一つをカルルスに渡した。
「いいの?」
「いいよ、折角当たったんだし、冷たいうちに!」
「ありがとう!」
 カワウソサイズの小さな手で器用に缶を開けると(今どうやった、的な声は聞こえたが企業秘密だ)、ジュースを飲んだ。暑い空気の中、冷たくて甘いジュースは、一気に体力を回復してくれる。
「んーっ、美味しい! ハッピー!」
「だな! 暑いのってやっぱきついけど、こういう時はいいって思っちゃうんだよなぁ。……くーっ」
 ジュースを飲みながら、カルルスは外に取り付けられた時計を見上げた。……大体二十分は足止めできた。
「じゃあ、部室行こう!」
「え、カルルス行きたいとこまだ行ってねーじゃん」
 忘れてた。
「えーっと……あとで、あとでみんなで行けばいいや! うん!」
「じゃあ俺連れ回され損じゃん!」
「てへっ」
「……まあいっか、ジュース飲めたし」
 はぁ、と脱力した道後は、再びカルルスを抱えると、来た道を引き返していった。部室前の階段まで来ると、カルルスは道後から降りて、わざと大きな音を立てながら階段を上った。
「カルルス、七緒先輩に怒られるぞ!」
「え、ごめんねっ。でも、今日は怒らないと思う!」
「は、」
 道後はドアノブを捻りながら、不思議そうな顔をした。

 ――パンッ

 軽快なクラッカーの音がして、ぱちぱちとまばたいているのが見えた。道後が呆気に取られている間に、カルルスは足元をすり抜け、四人の横に並んだ。
『ハッピーバースデー!』
「え、え、えぇっ!? な、何すかこれ!」
「……うん、いい驚きっぷり」
「だね。今日一六誕生日だから、サプライズ! びっくりした?」
「びっくりです! うわうわうわーっ、ありがとうございますっ! 俺、超嬉しいです!」
「ふふっ、太子くんの予言通りになりましたねぇ」
「……あいつが単純なだけです」
「え、なになになに、太子知ってた!?」
「知ってるも何も、一応……」
「一応?」
「何でもない。……それより、お前が早く来るから焦った」
「え、早くねーじゃん。丁度いいくらいだし、今」
「そうじゃなくて、本当はもっと早く来てただろ。で、カルルスに足止め頼んだんだよ」
「……あ、カルルスが来たのってそういうことか! うわうわうわ、全然気づかなかった……」
「一六くんは一六くんですね」
「ありがとうございます!」
「一六、多分褒められてないぞ」
 修善寺がすっと、【今日の主役】タスキをかけてきた。何となく恥ずかしい気もするが、誕生日なのだからアリだと思うことにしたようで、外そうとはしなかった。
「じゃ、ケーキ食べようか。俺と和倉先輩で選んできたんだ」
「ええ。龍馬くんおすすめのお店をいくつか回りました。味わって食べてくださいね」
「マジっすか! 二人ともありがとうございます!」
 わーい!と飛び跳ねんばかりに喜ぶと、道後はいつもの席に座った。続いて全員が座ると、最後にカルルスがぴょんと机の上に乗った。
「お誕生日の歌歌おう!」
「えぇ、歌うの?」
「そういえば、大きくなってからはまともに歌ったことがないですね」
「因みに誕生日の歌、所謂『ハッピーバースデートゥーユー』ですが、実は替え歌なんですよ」
「え、マジマジマジ!? 何の!?」
 道後がいつも通りに食いつくと、万座はメガネをかちゃりと上げてから説明した。
「元々は『グッドモーニングトゥーユー』、つまり朝の歌で、歌詞を見る限り、子供を起こす歌だったようですね」
「じゃあじゃあじゃあ、寧ろ替え歌の方が有名になっちゃったってこと?」
「そうだな。他の国は判らないが、日本に絞って言えばそうなる」
「へぇー! 流石太子!」
「……別に」
 少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らす万座を見て、カルルスはそっと微笑んだ。
 フラヌイと太子は似てる、か。
「……フラヌイも、ボクに教えるの嬉しいって、思ってくれてたらいいなぁ」
「カル、何か言った?」
 隣の修善寺が、こっそりと顔を寄せて聞いてきたので、ううんと首を振った。
「さ、気を取り直して、歌おうっ! さん、はいっ、はっぴばーすでーとぅーゆー♪」
 一回目はカルルス一人だったが、二回目からは霧島と修善寺が、三回目は和倉と万座が参加してくれて、少しだけ大きな歌になった。
 ――愛しい君へ、と締めくくると。
『おめでとう!』
 ぱちぱちと拍手され、道後は今日一番の笑顔で返した。
「ありがとうっ!」