駅員の声、自動放送の声。
《間もなく、三番線に、快速、》
《黄色の点字ブロックの内側でお待ちください。間もなく電車が参ります》
《今度の二番線の電車は、十一時四十分発、》
隣や後ろに並ぶ乗客たちの、賑やかなお喋り。
「ねぇ、あのことなんだけど」
「どれだっけ?」
「だからさ」
「お前携帯は?」
「……あれっ!? ない!? あっ違う鞄のポッケ入れてたわ」
「バカだなぁ」
とにかく多い人。人、ひと、ヒト。意思を持った、自分以外の生き物の群れ。
「…………」
和倉は小さく小さく息を吐くと、時計を確認した。そろそろ待っている電車が入線するはずだ、と思った矢先に車両が飛び込んできた。決して弱いとは言えない風圧に、少しだけうっとなる。
乗り込んだ車両の乗客はちらほらという言葉が丁度いいくらいの人数で、いつもの電車よりは随分落ち着いているような気がした。それもそのはずで、こんな平日の、しかも昼も近いこの時間に、今更下り方面に乗ろうなんて人はそういない。
選ばれし【同行者】たちと電車に揺られること、凡そ二時間。合間合間で寝落ちしていたのに、目的地がちっとも近づいていなかったのは中々ショックな光景だった。
長い時間座っていたのもあって、何だかお尻が痛い。電車賃をケチって、鈍行で行こうと思ったのが間違いだったんだろうか。
鈍行で頑張れば行けるけれど、少しだけ辛い距離。遠くて近くて、でもやっぱり遠い、僕たちの【居場所】。
東京から一緒だった【同行者】たちに心の中で別れを告げると、和倉は一人電車を降りた。乗り換えの為に降りた駅は、びっくりするほど閑散としていて、さっきまでの人たちはみんな魔法で消えてしまったみたいに思えた。まあ、乗降人員が少ない駅だからと言われてしまえばそれまでなんだけど。
電車を乗り換え、更に三十分ほど。
「――ただいま」
眉難、と駅名の書かれた柱は、都会の駅ではお目にかかれない寂れ具合で、それが異様にほっとした。空を仰ぐと、光が少しだけ優しい気がした。五月末だということを考慮しても暑い気温はそう変わらないのに、日差しのきつさは何だか違う。
すぅ、と体に流れてきた空気は、久々なはずなのによく馴染んで、どこか道後を感じた。いつもの街では感じられなかった匂いと気配に、胸がきゅうと締め付けられた。
まるで、振り返ったら道後がいるような、そんな感じが――。
「…………………………七緒、先輩?」
――する、わけだ。そりゃあ。
ぱち、ぱち、とゆっくりまばたきしていた愛しい恋人に、和倉は少しだけはにかんだ。
「えっと……こんにちは、一六くん。会いに、来てしまいました」
「………………えっ七緒先輩!? えっ七緒先輩ですよね!? えっ七緒先輩だ!? 夢!?」
「現実ですよ。……まあ、僕も何となく夢みたいだとは思ってますけど。君はどうして眉難駅まで来てたんですか?」
未だにうわうわうわあわあわあわと何だか日本語らしからぬ言葉を垂れ流している道後に尋ねると、道後は電気でも奔ったように背筋をピン!と伸ばした。
「はい! 何か、駅来たくて来ました!」
「駅に? どこか行くつもりだったんですか?」
「いや、そうじゃないんですけど」
「一六くん、電車そんなに好きでしたっけ」
「嫌いじゃないですけど、そうじゃなくて」
道後はちょっとだけもじもじしたが、すぐに顔を上げた。とたとたと数歩歩くと、ホームの端に立つ。電車は、あと一時間は来ないから大丈夫だ。
遠く、線路の先を指しながら、道後はどこか寂しそうな瞳で笑った。
「この先に、七緒先輩がいるんだよなぁって、思いに来たんです」
「…………」
「はやく、会いたいなぁって」
「…………」
指していた手が、力なく落とされるのを見ながら、和倉は一人息を止めた。
例えば、何か美味しいお茶を見つけた時。
綺麗な夕日を見た時。
人混みに晒されて、息苦しくなった時。
君がここにいてくれればどんなに良かっただろう、と思っていた。
――はやく、会いたいって、思っていた。
「で! だから、今日七緒先輩がいて、俺、」
続く言葉は、超びっくりしたんです、だろうか。それとも嬉しかったんです、だろうか。どっちでも、何でも、どれでもいいけど何かが聞きたかった。でも、それよりも今は。
「……七緒、先輩……」
急に抱き寄せた所為か、道後の体が一瞬強ばった。とめどなく溢れそうになる想いを手に込めて、少しずつ注ぐイメージをして、離れないように抱きしめる。
「……僕も、会いたくて。会いたくて、会いたくて、堪らなくて。だから、今日来たんです……」
和倉の上手くまとらない言葉を聞いて、強ばりはほどけていった。背中にぎゅっと腕を回すと、道後は嬉しそうに泣き出しそうに笑ってくれた。