ゴーーー……ン、と鐘の音が聞こえた。続いて一つ、もう一つ。そうしてあっという間に五つを打ち、残すところはあと二つだ。
「うわうわうわ、もう七時!? やっべ、洗濯終わってねー!」
「一六、桶持って走らないの! 俺も手伝うから、ね?」
「龍馬先輩あざっす!」
「こらこら、一六くんを甘やかしてはいけませんよ龍馬くん」
同じシスターの道後と揃って振り返ると、二人の先輩であり同じくシスターの和倉がにこにこと微笑んでいた。
「でも和倉先輩、そろそろ終わらせておかないとお祈りの時間に間に合わないですし……」
「うーん……では、一六くんには終わるまで一人で頑張ってもらいましょう」
「そんなぁ! 俺、七緒先輩の隣でお祈りしたいのに!」
「ふふ、嫌なら早く終わらせてくださいね」
「はい!」
びしっ!と敬礼した道後は、洗濯桶を抱えて再び走り出した。転んだら危ないから走らない方がいいと思うのだが、多分あの調子では聞いた側から走りそうだ。せめてもと見守っていると、七つ目の鐘が――。
……ガンッッッッ!
「!?」
いつもとは明らかに違う音に、霧島は飛び上がった。流石の和倉も、驚いた顔をしながら鐘のある方へ目を向けた。何だか、何か大きなものがぶつかったような音だった、ような。
「龍馬くん、様子見て来てください」
「えっ!? は、はい……」
さくっととんでもない係に任命され、霧島は動揺しながらも頷いた。ここで嫌だの何だのごねないのが霧島のいいところだが、正直不安なところでもある。いやまあ自分で頼んでおいてなんだけど。
などと和倉が考えていることなど知らず、霧島は鐘の元へ向かうことにした。教会からつながる扉を開くと、少し暗い螺旋階段を上っていき、鐘のある塔の頂上へ進んでいく。
「うぅ、何だろ……鳥がぶつかっちゃったのかなぁ。でも、それにしてはおっきかったよな、音……」
階段の先の扉を開いた瞬間、霧島は目を大きく瞠った。
誰か、倒れている。何か、ではなく、誰か、が。
「うわぁ! え、ひ、ひと!? 何で、ってか、怪我してる!?」
うつ伏せになっているその人の脇腹の辺りから、じっとりと鮮血が滲んできていることに気づき、霧島はあわあわとしながらハンカチを取り出した。傷口にぐっと当てるが、血が止まる気配はない。もっとちゃんと手当てしなきゃ。
「ちょっ、ちょっと待っててください! すぐ人を呼んでくるから!」
「…………待って」
一音ずつ絞り出すような声がして、霧島は足を止めた。視線を下げると、倒れていたその人はゆるゆると体を起こしていた。辛そうにひそめられた眉間を見て、反射的に肩を貸す。
「大丈夫ですか? すごい怪我して……」
「うーん……寝てれば大丈夫。多分」
「多分って……。ちゃんと手当てしないと!」
「……あれ、何か上手く治らないなぁ……。え、ここどこ?」
「ここ? ここは教会だよ。あ、俺は霧島龍馬。シスターをしてるんだ」
「霧島、龍馬……。そっか、ここにいたんだ」
「え? 俺、あなたに会ったことありましたっけ……?」
まるで知り合いを見つけたような言葉に、霧島は首を傾げながら考えた。……覚えがない。こんな美形なら、覚えていそうなものなのに。
考え込む霧島を見て、彼は柔い紫の髪を揺らした。別に、と口の中で呟くと、思い出したのか脇腹をぎゅっと押さえた。
「ごめん、やっぱダメかも。何か血止められそうなものくれない?」
「そりゃそうだよね! ちょっと待ってて、今包帯とか色々持ってくるから!」
ばたばたと立ち上がり、霧島は階段を駆け下りた。行った時の三倍の速さで下に辿り着くと、霧島は和倉に縋りつくように叫んだ。
「和倉先輩! 救急箱とお医者さまお願いします!」
「救急箱? お医者さま? どうしたんですか龍馬くん」
「怪我してる人がいて! お願いします!」
「……判りました。一六くん、救急箱を出してあげてください。僕はお医者さまを呼んで来ますから」
「は、はいっ! 救急箱っす、龍馬先輩!」
道後から救急箱を受け取り、霧島は再び階段を駆け上がる。浅い呼吸しているその人の赤い瞳が、ゆっくりと霧島を捉えた。
救急箱から包帯を取り出し、傷口へ丁寧に巻きつけていく。きゅ、と端を結んでから霧島は袖で額を拭った。
「これでよし、と……」
「……ありがと、りょーちん」
「りょ、りょーちん?」
「龍馬だから、りょーちん」
「そ、そっか……初めて呼ばれたな、あだ名なんて」
「初めて……そう」
「あ、そうだ。あなたの名前、まだ聞いてなかったですよね。名前、なんて言うんですか?」
救急箱を片付けながら尋ねると、彼は少し考え込むような顔をした。聞いたらまずかったんだろうか。やっぱり「大丈夫」と言ってしまおうかと口を開きかけたが、その瞬間彼が呟いた。
「……俺は、鏡太郎」
「鏡太郎……。かっこいい名前ですね!」
ぱっと笑うと、鏡太郎は驚いたように瞠って。
「……でしょ」
とても嬉しそうに、微笑んだ。