行き慣れているコンビニなのに、妙に変な感じがした。いつもならいるはずの道後の姿はなく、一人の所為かもしれない。万座は小さく息をついてから、真っ直ぐにレジへ向かった。
「すみません、フライドチキン一つ。⋯⋯これでお願いします」
万座が携帯の画面を見せると、店員はそこに表示されたバーコードを読み取った。
ここのコンビニでは時々SNS上でキャンペーンを行っている。対象の投稿を拡散することで抽選に参加でき、当たるとおにぎりやパンなんかが無料でもらえるというもので、万座もちょくちょく参加していた。今回はフライドチキンがもらえたのだが、人気商品の所為か中々当たらず、キャンペーン最終日である今日、漸く当てたのだった。小さくガッツポーズしてしまったのは許してほしい。
温かい紙袋を受け取ると、油っぽい匂いが漂ってきた。こういうのはなるべく早く、温かいうちに食べた方が美味しい、とイートインスペースへ向かう途中で。
「⋯⋯おや、太子くん」
「っ、和倉先輩?」
丁度入店してきた和倉に出くわした。
和倉は万座の手元を見つめ、ああと頷いた。途端に何となく恥ずかしくなって、チキンの入った袋をぎゅっと握った。ちょっとだけ、熱い。
「もしかして、SNSのやつですか?」
「あ⋯⋯はい。今日当たったので」
「そうでしたか。おめでとうございます。⋯⋯見たところお一人ですが、一六くんは一緒じゃないんですか?」
「はい。一六は当たらなかったので。今月は拡張パックが出るようで、無駄遣いしている場合じゃないって、泣く泣く帰りました」
「拡張パック?」
「えっと⋯⋯、一六が集めているカードゲームで、新しいカードが出るんです」
「なるほど、そういうものでしたか。では、無駄にチキンを買っている場合ではないですね。解説ありがとうございます」
「いえ、別に。⋯⋯ところで、和倉先輩はどうされたんですか? ここ、ご自宅と反対方向だったと思うんですが⋯⋯」
記憶違いでなければ、会社は違えどコンビニ自体は和倉の家の近くにもあったはずだ。わざわざここまで来る必要はないだろう。そう思って尋ねると、和倉は楽しそうに笑った。
「君と同じ埋由ですよ。ここのコンビニでないと、もらえませんからね」
「え⋯⋯、和倉先輩も当たったんですか? おめでとうございます!」
「ふふっ、ありがとうございます。そういうわけですから、引き換えて来ちゃいますね」
「あぁ⋯⋯、そうですよね。お引き留めしてすみません」
「いえいえ、引き留めていたのは僕の方ですよ」
レジへ向かう和倉をちらっとだけ見送ってから、万座はイートインスペースの席についた。半分だけ袋をちぎると、黄色がかった茶色の衣をまとったフライドチキンが顔を覗かせた。さっき握った所為で気持ち潰れているが、味は変わりないだろう。
「⋯⋯いただきますっ」
小さく呟いてから、がぶりと一口かじりついた。鶏の脂と衣の油がぶわっと溢れてきて、口の中がいっぱいになる。カリカリの衣につけられた濃いめの味つけに次の一口を促され、もう一口かじる。肉はやや薄いが、その分柔らかく食べやすい。フライドチキンから出てきた脂に手が汚れたが、後で拭けばいいと無視した。
「美味しそうに食べますね」
「っ!?」
背後から聞こえてきた声に、思わず視線だけを向けてしまった。
「お隣、いいですか?」
「っ、はい。どうぞ」
口に入れていた分を飲み込んでから返すと、和倉は隣の席に座った。席は全部空いているのだから、何も隣に座らなくたっていいのに―ーとはいえ、もし一つ飛ばしで座られたら「なんで空けるんだろう」とか考えてしまいそうな気もする。最後の一口を放り込むと、フライドチキンはあっという間に片付いてしまった。
ちらっと隣を伺うと、和倉もフライドチキンをかじっていた。先に帰ると失礼だろうか。いや、勝手に座ってきたのは向こうだ。でも、と頭の中で問答が回る。
――まだ、手を拭いていないから。
そう言い訳しながら、万座は大人しく座ったまま和倉に話しかけた。
「そういえば、和倉先輩もSNSとかやるんですね」
「一応ね。まあ投稿は殆どしませんし、しても大したことは上げていませんけど」
大したことは、と言われても、どんなことを上げているのかは気になる。だが、万座自身がアカウントを宣伝していくタイプではないだけに、聞き出すのは憚られた。気にはなるけど。凄く。
黙り込んだ万座に、和倉がビニール袋を滑らせてきた。ぱっと視線を上げると、手だけでどうぞと示される。怪訝に思いながら袋を開くと、そこにはフライドチキンの袋がもう一つ入っていた。
「お裾分けしてあげます」
「えっ」
「お金のことなら気にしないでください。⋯⋯二つ、当たっただけなので」
「狡ぃ⋯⋯!」
「ふふっ。運も実力のうち、ですね?」
軽やかに笑う和倉をちょっとだけ睨みながらも、フライドチキンを取る。買って時間が経った為か、少し冷めてきていた。
「⋯⋯有り難く、いただきます」
「ええ、どうぞ」
フライドチキンの誘惑に負けた感がある。頬がちょっとだけ熱くなっているのは、お裾分けしてもらった恥ずかしさか、チキンへの喜びか。
袋を破り、同じようにかじりつく。冷めているのに衣はちっともへたれず、カリカリサクサクのままだ。どういう工夫をすればこうなるんだろう。肉はよりしっとりして、何だか雰囲気が変わっている。熱々ではない分油感が強まり、更にジャンキーな味わいだ。これはこれで間違いなく美味い。
「⋯⋯食べましたね?」
不穏な響きに、反射で体が固まる。なんか、不味い契約でも結んじまったのか?
「口止め料です。僕がSNSやってること、一六くんには内緒にしてくださいね。『知りたいです!』なんて聞き出されたら困ってしまいますから」
「⋯⋯っ、はい。了解しました」
そういうことか。やっぱり聞かなくて良かった。数分前の自分のファインプレーを噛み締めていると、和倉が立ち上がった。とっくに食べ終えていたらしく、袋をゴミ箱へ押し込んでから振り返った。
「では、また明日。ゆっくり食べてくださいね、それ」
「はい、また明日。ご馳走さまでした」
「いいえ?」
軽く手を振って、和倉が退店する。見送ってから、残りのチキンをかじり始めたけれど、もうあと二口くらいでなくなってしまった。