※フォロワーさまへの三次創作
※ハピキスメンバーがアイドル(♀)グループ
※モブ目線
「死ぬ」
「ダイレクトすぎん?」
友人の指摘通り、ダイレクトな弱音――というか泣き言――を吐きながら、私は青のペンライトを握りしめていた。一時の興奮は過ぎ去り、今は何かもう一周回って呼吸が苦しくなってきた。うわ、なんかもう、やっぱ死にそう。
そんな私を他所に、友人は事も無げに現実を突き付けた。
「あと十分で握手会だけど、死んでいいの?」
「ダメだよそうなんだよどうしようこんな、こんなオタクの存在晒していいの!? 『うわ、こいつ私のこと推してるんだ……』って怖い思いさせないかな!?」
「お前……さっきまで超うきうきで『今世の運気使い果たしてる』ってツイートしてたくせに……」
ため息をつかれたところで、今の私にはあまり効かない。そう、まもなく始まるから――推しているアイドルユニット、【HAPPY KISS】の握手会が。
彼女たちとの出会いは数ヶ月前、別件で行ったCDショップの店内放送である。丁度新しいシングルが出た直後だったらしい。
簡単な説明のあとにサビだけがかけられたのだが、その瞬間は何となくいい曲だなぁ、声可愛いなぁくらいにしか思っていなかった。用事を済ませ、さて出ようと思った時、目の前の棚に丁度ジャケットがあって――。
雷に打たれた。
正直に言おう、私は元来よりロングヘア推しである。そしてメガネ推しでもある。
その両方を兼ね備えたたいたい――万座太子ちゃんのことを、私が推さないわけがなかった。そういうわけだ。見た目かよワラと言われても仕方ないけれど、とにかく、一目惚れだった。以降色々な媒体を追いかけ、今では見た目のみならずたいたいの全部を推していると言っても過言ではないけど。
以上、閑話休題。
今回出るシングルには握手会への応募券がついていたのだが、なんと、今回の握手会は全員との握手ができる、らしい。
全員? 全員って、何人?
そんなわけで母数も当選数もお察しだったし、こちとらこういう抽選に当たった試しのない人生を送っていた人間だ。だから、何かもう、夢かな? 終わったら死ぬのか?と言う気持ちになるのもやむを得ないと思う。あ、夢なら全部終わってから覚めてくれるとすごく嬉しい。
「ま、とりあえず清潔感はあるから大丈夫でしょ。推しに『こいつ臭いな』とか『こいつ汚いな』とか思われたら」
「死ぬ」
「だろうね、しっかりお風呂入ってきた?」
「コミケの前か?」
「じゃ、頑張って」
残念ながら、友人は当たっていない。だからいてくれるのはリリイベまで――つまり、ここまでだ。
スタッフさんに誘導され、友人を含む大半が出ていく。残ったのは、選ばれし勇者たちだけである。緊張。震え。オタクたちの話し声で具合悪くなりそうなくらいの緊張。なんかもう、帰りたい。うそ、会いたい。普段なら届くはずもない私の声を、直接届けていい機会なのだから。
応援していると、大好きだと、伝えられるんだから。
「それでは、一列目の方からどうぞー」
スタッフさんに今度は私たちが誘導される。当選メールと免許証を準備し、入口近くのスタッフさんに見せると、いよいよ会場へ入っていく。
「っ、あ」
叫びそうになって、思い切り口を塞いだ。
いる、いる、いる! そこにいるよたいたい! 私から三人ほど離れた距離に、【HAPPY KISS】の面々が並んでいる。オタクたちに白くて柔らかそうな手のひらを差し出し、何かを話し、「ありがとうございます」と笑顔を見せている。もうこれだけで幸福数値が天井にいく。寧ろこの光景二時間くらい見せてほしい。
「どうぞー」
「あっ」
そうこうしていたら、最後の一人が行ってしまった。内心お兄さんもっと粘って!と訳の判らない応援をしたが、剥がしは優秀ですぐに私の番になってしまった。手汗が酷い気がして、申し訳程度にハンドタオルを握りしめる。
――あっ、言うこと全部忘れた。
衝撃の事実に打ち震えている間に、鏡太郎が目の前に立っていた。普段はそうでもないのに、じっとしていると溶けて消えてしまいそうな儚さに気後れする。
「握手」
「っえ」
「しないの?」
かたん、と傾けられた首の角度が完璧すぎて、変な声が出かかった。差し出された手へ手を出すと、合わせるように包まれた。
「あの、新曲のサビ好きです。りょーちんとのユニゾンが特に好きで」
「そう? ありがとう。俺も、結構そこ好き」
ふ、と微笑まれ、真面目に気絶しそうになる。はい、鏡太郎の「好き」頂きました。元気ない時に無限リピートしたい。頑張れ脳内メモリ。
鏡太郎のところから剥がされ、次はりょーちんの元へ向かう。りょーちんはにこっと笑うと、「こんにちはっ」と挨拶してくれた。うん、いい子だ。
「こ、こんにちは。りょーちん、今回の衣装リボン沢山ついててめっちゃ可愛いですね!」
「ありがとう! 実はね、ここ見て」
私の両手をぎゅっと握ったまま、りょーちんが軽く腕を上げた。引き寄せられるかと思って慌てたら、りょーちんの方もそれに気づいたらしく「ごめん!」と手を離してくれた。あったかい手だった。
「ほら、ここ! 手首の裏にもリボンついてるんだよ」
「うわ、ほんとだ! めっちゃ可愛いです!」
「これ、一六のアイデアなんだよ」
ちろ、お前衣装にアイデアとか出すんか!?
もっと詳しくと思ったが、残念ながら時間切れになってしまった。一抹の悔しさを抱きつつ、次は七緒さんのところへ。
「応援ありがとうございます」
「こ、こちらこそ! ありがとうございます!」
ふふ、と笑みを零す七緒さんから、何となくいい匂いがする気がした。いつだかのライブで「シャンパンローズのシャンプーを使っている」と言っていたから、なんかそんな匂いがするように思えてくる。今日も細かく丁寧に編み込まれた髪がすごく綺麗で、こんなに編み込みアレンジが似合う人もいるだろうかと思えてくる。
そうだ、思い出した。レポで見てからずっと憧れていたあれ。あれを言わなくちゃ。いや言っていいのか? いや言うんだ、こんな機会逃したら二度とない……!
私は決意して、カラカラの口を開いた。
「あ、あの! お、『お預け』してください!」
言ってしまった。少し驚いた顔をしているのを見て、私は何を口走りやがったのかと後悔する。どうしよう、「やっぱりいいです」とか言った方がいいのか。ってか時間が――と思っていたら、七緒さんがくすりと笑った。それから、ふっと声を潜めて。
「『まだあーげない』」
「っっっ……! ありがとうございます!!」
今日イチの大声が出た。録音、録音できてますか脳内メモリ!? アラームにしたい。毎朝お預けされながら起きたい。音量そこまで大きくないけど起きられる自信ある。
手を振る七緒さんの前から移動しながら、とんでもないことに気づく。
次、たいたいじゃん。嘘だ。
「こんにちは、本日はお越しいただきありがとうございます」
「あっ、はい」
ステージで見ていたたいたいが、目の前にいる。差し出された手へ手を出すと、大分ソフトに包まれた。まつ毛が長い。レンズ越しでも判るくらい目が大きい。っていうかちっちゃい。折れそう。ご飯食べてる? 白い。雪の妖精さんかな? スノーマジックなファンタジーか?
支離滅裂な思いがぐるぐるして、何も言葉にできない。謎の無言握手の時間になっている。さっきまでは喋れたのに、何か、何か、何か。応援してますとか推しですとか、なんかそういう――。
「たっ、たいたいの髪好きです」
今、私、何てった? 髪好きです? は? 髪以外も好きですけど!? 何言ってんの!?
見ればたいたいはちょっと困った感じの表情を浮かべてて、今すぐダッシュで逃げたくなったし土下座したくなった。ごめん、違う、違うの。困らせたかったわけじゃなくて、違くて。
あたふたと弁解を探したけれど、見つからないまま剥がされてしまう。何だか微妙な愛想笑いしながら、手を離す。
嗚呼、終わっ、た。
「――ありがとうございます」
たいたいの前から移動する直前、そう言われた。はっと見つめると、たいたいはにっと笑ってくれた。
「手入れ、今後も頑張ります」
気がついたら、ちろの前だった。
脳がたいたいのことを処理し切れてないのに、ちろの前だった。ごめんあと二十分くらいほしい。
とは言え、進行は待ってくれない。半ば呆然としながらちろへ手を出すと、ぎゅぅっと今日イチの力で握ってきた。うっわかわい。加減知らない系めっちゃ可愛い。推せる。くりくりした瞳を思い切り輝かせて、ちろは前のめりに話しかけてきてくれた。
「来てくれてありがとう! おねーさん、太子推しだよな? さっき青振ってるの、見えた!」
「えっ、覚えてるんですか!?」
「おうっ! 結構見えるし、毎回来てくれてる人は覚えてる。いっつも太子のこと応援してくれてありがとな!」
「こ、こちらこそ!」
「おい、一六! なんで俺の話してるんだよ」
突然乱入してきたたいたいに、ただでさえ追いついていない脳が完全にショートした。これはあれだ、来月くらいまで使い物になんねぇな。
「いーじゃん別に! てかてかてか、太子は目の前のファンに集中しろよ!」
「っ、お、お前に言われなくてもそうする!」
目の前で繰り広げられたやり取りに放心していたら、何も言えないまま剥がされてしまった。あっ、衣装! 衣装の話したかったのに!
「またな〜!」
太陽か何かと思えるほど眩い笑顔に送り出され、私は会場を後にした。ふらふらした足取りで、一歩一歩歩いていく。
友人に何から話そうか。正直一歩ごとに記憶が薄れていくような感じがするけど、どうにか繰り返し思い返してつなぐ。
『ありがとうございます。手入れ、今後も頑張ります』
困ってた。なのに、笑ってくれた。答えてくれた。優しさの塊だった。女神で天使だった。
震える手でSNSを開くと、たんたんと文字を打ち込む。最後に送信を押してから、私は友人の元へと走り出した。