視線が痛い。首を中心に痛い。
 和倉は苦笑いしつつ、首筋を掻いた。今朝からずっと痒い上、触ると僅かだが膨らんでいるのが判る。多分虫刺されだ。面倒がって蚊取り線香をサボるんじゃなかった。
 音でも出そうなくらいじぃっと見つめる視線が気になってしょうがなくなってきて、和倉は諦めて湯呑みを置いた。
「で、一六くん? 僕に何か言いたいことがあるんじゃないですか?」
「へぁっ!? なっ、……ない、ですけど……」
「ありますよね?」
「な、ないです!」
「そうですか。随分な熱視線ですから、焦げる前に解消したかったんですけど……、仕方ありません。大人しく一六くんの視線に焼き殺されるとしましょう」
「焼き殺……!? しませんっ、そんなこと!」
「じゃあ話してくれますよね?」
「う……」
 こんなめちゃくちゃな理論を振り翳されて迷えるのは、恐らくこの世で道後くらいだ。散々見ていたくせに目を合わせようとした瞬間、途端に泳がせ始める道後の頬を両手で挟んで固定してやると、彼は観念したようにぽつんと零した。
「……誰ですか」
「は?」
「だから、誰ですか。その……首の、やつ」
「……首」
「そ、それキスマークですよね!? 俺、そんなとこにつけて、ない、のになって、思って……」
「………………………………」
 そういうことか。そんな古典的で、ありがちで、可愛いことか。むすん、と不機嫌そうな顔の道後をめちゃくちゃに可愛がりたいような、もう一押ししてみたいような気持ちがせめぎ合ったが、一呼吸のうちに押し込める。
 彼の頬から右手を離すと、今度は手を掴んだ。「はわっ」と赤くなったのをひとまずスルーし、その手を首の痒いところへ置いてやる。
「どうですか?」
「ど、どうって……、……あれ? なんか、ぷくってしてません?」
「してますね。多分虫刺されなので」
「………………えっ。えっ、えっ! えっ!? むっ、むむむ虫刺され!?」
「はい」
「じゃあ俺、俺……! ご、ごめんなさい!」
「何がですか?」
「疑っちゃったから……」
 本心から何を謝っているのだろうと思っていたのだが、なるほどと納得する。気にしてませんよと言おうとしたが、不意にいたずら心が湧いてくる。
「許しません」
「そんな! で、でもでもでも……確かに、そっすよね……俺、七緒先輩が俺に言ってくれた『好き』って気持ち、疑っちゃったし……」
 さっきまでとは一転、しょぼんと落ち込んでいる。見えていないのをいいことに笑いを噛み殺してから、和倉はそっと道後の耳元へ声を注いだ。
「……上書き、してくれますか?」
「えっ」
「それなら、許してあげますよ」
「……………………」
 視線が上がる。瞳の奥で火が蠢いているのが見える。ごくりと、喉が鳴った。
「なーんて、ね」
「……へっ?」
「嘘ですよ」
「う、嘘なんですか!?」
「おや、本当が良かったですか?」
「それは勿論! …………嘘ですよ!?」
「流石に無理がありませんか、それ」
「うわうわうわ〜……!」
 また一転、今度は恥ずかしそうに首や耳まで赤くしながら机に突っ伏した。羞恥で震える肩をぽんと叩いて、和倉は正面の席についた。
「帰ってから、ね」
 そろり、顔が上がった。
「……それも嘘ですか?」
「うーん、そうですねぇ……」
 わざと視線を外し、宙を仰ぐ。痛いくらいに真っ直ぐな視線を感じながら、和倉はちらりと道後を見遣って微笑んだ。
「君の、信じたい方でいいですよ」