つい黒玉湯でのんびりしすぎてしまい、気がつけば辺りはすっかり暗くなっていた。とりあえず分かれ道まで、と全員で歩きながら、和倉は少し低い位置にあるマゼンタを眺めた。
 いつも通り万座との言い合いに勤しんでいた道後は、視線に気づいたようでふっと体の向きを変えた。
「あ、あのあのあの……! 俺、何かおかしいとこありますか?」
「いえ、特にはありませんけど」
「ならいいんですけど……七緒先輩に見られてると緊張しちゃうんで……。あっ、でもすごい嬉しいです!」
「そうですか」
 聞いているような聞いていないような、適当すぎる相槌だと言うのに、道後は嬉しそうに笑った。見ていたら緊張するけど嬉しい、というのは、誇張ではないようだ。
 眩しすぎる瞳から目を逸らすと、夜空が映った。
 今日は満月だ。
 それこそ、本当に月の使者でも来そうな大きな月が、星を霞ませながら光っていた。
「……一六くん」
 ――月は人を狂わせるらしい。
 だから、こんなことを口走ったのは、月の所為だ。
「月が綺麗ですね」
「……え……」
 唇から零れた言葉を自分で聞きながら、何言ってるんだろうと後悔した。
 まあどうせ意味なんて判らないだろうし、「見てください、ほら」と満月を指せば誤魔化しきれるはずだ。
「お、俺……」
 誤魔化しのセリフを浮かべるより先に、道後が口を開く。真っ赤に染まった彼は、恥ずかしそうに、でも真っ直ぐに和倉を見上げていた。

「し、し、死んでもいいくらいですね!」

 息を、飲んだ。
 道後のくせに、こんなことは知っているなんて狡い。はぁ、とため息をつくと。
「何言ってるんですか、月が綺麗なくらいで死なないでください」
「あっ……で、ですよね! あはは……」
 ただでさえ赤かった頬が、耳が、更に赤くなる。
 勘違いした、恥ずかしい!と言う声が聞こえてきそうなくらい赤くなった道後は、急に「あ、そうだ、太子!」と和倉のもとを走って行った。簡単に言うと、逃げられてしまった。
「……すみません、少し用を思い出したので、お先に失礼します」
「あ、そうなんですか? 気をつけてくださいね、和倉先輩」
「龍馬くんこそ、しっかり鏡太郎くんとちびっ子たちを見ていてあげてくださいね? 頼れる人は龍馬くんだけなんですから」
「な、何か責任重くないですか!?」
「気の所為ですよ」
「わ、判りました……頑張ります!」
「ええ、頑張ってください」
 四人に背を向け、反対方向へ向かう。
 逃げたのは、こちらも同じだ。
「……一六くんのくせに……」
 隠しきれないほど色づいた頬に、右手を当てる。ひやりとした手に、普段は中々お目にかかれないくらいの熱が伝った。