密やかな想いがあった。
 叶わないことを知っていた。
 だから、君を愛することと、君から愛されることの両立を願うことをやめた。
 
 そうでもしなければ、壊れそうだった。



「太子太子太子ー!」
「……そんなに呼ばなくても聞こえる。和倉先輩がどうした?」
「ま、まだ七緒先輩とは言ってないだろ!」
「まだ、ってことはこれから言うってことだろ。で、和倉先輩がどうした?」
「まあそうだけど……。で、七緒先輩が!」
「……やっぱり」
 予想通りが過ぎる言葉に、万座は大仰にため息をついた。「呆れたみたいにため息つくな!」と膨れられたが、実際呆れているのだから仕方ないだろう。
「『明日は暇ですか? それなら少し出かけませんか?』って言ってくれて! でもでもでも、正直休みの日に七緒先輩に会えるだけでもうお腹いっぱいなんだけど、こういう時ってどうしよう!?」
「どうしようもこうしようもない、デートしてくればいいだろ」
「で、で、でーと……!」
「……お前、まさかデートの意味が判らないとか言わないよな?」
「わ、判るっての! 俺と七緒先輩が、デート……! どうしよ太子、何したらいいんだ!?」
「何でもかんでも俺に聞くな。……うーん……、まあ俺もデートの経験があるわけじゃないしな……」
「何だ、太子も知らねーんじゃん」
 かちん、と来た。
「……判ったよ」
「え、何が……って、あの、太子……? 何か目据わってるけど……」
「俺が、必勝の、デートプランをお見舞いしてやるよ……!」
「えっ何か怖い」
「そうと決まれば行くぞ、今すぐ」
「今すぐ!? ど、どこ行くんだよ、太子!」
 戸惑う道後の手を引くと、頭の中で色々な情報を検索する。適当に読んだ雑誌、テレビの特集、ネットサーフィンの結果、得てしまった噂話まで、とにかく色々。
 ――決まった。
 電車に乗ること数十分、目的地に到着すると、一応選定理由を解説した。
「あんまり明るいとこだと触れ合いづらい、かと言って暗がりすぎると下心しか感じられない。というわけで、ここだ」
「ここ……水族館!」
「ああ。しかも学生証を持っていれば割引だ」
「すげーすげーすげー! お得!」
「急に背伸びしてみせたことで、転んで終いだ。だったら、身の丈に合ったところでお互い楽しむ方が、いいに決まってるだろ」
「確かに……! 流石太子!」
「じゃ、早速入るぞ」
「おー!」
 ぴょんぴょんと楽しそうな道後を引っ張って、入場券を買うと、館内へ入っていく。
 大きな水槽に沢山の魚。脇に添えられた、詳しい解説。少しひんやりした室温。
 ここなら話題には困らないし、天候も気にしなくていい。
「うわうわうわ……! すっげーでっけー!」
 現に、めちゃくちゃ楽しそうだ。
 あっという間に置いて行かれそうになり、手を伸ばす。
「こら、一六。先輩のことも、こうやって置いてく気か」
「あっ、そうだった……サンキュー太子!」
 ふっと手が解かれ、熱が離れる。当然だ、男友達と好き好んで手をつなぎたい、なんて中々思わない。
 空の手を見つめていると、「太子ー?」と呼ばれた。
「……今行く」
「おうっ! ……あ、太子太子太子、あれ何!?」
「あれは――」
 時折豆知識を挟みつつ歩けば、それなりの時間が経っていた。
「このあと、まだ時間あるか?」
「あるあるあるー! 何か食って帰る?」
「いや、飯の前に……一つ勧めとく」
「?」
 道後の手を再び引くと、水族館を出る。この水族館はすぐ隣に遊園地が併設されており、同じ入場券で遊園地にも入れた。
「観覧車……?」
「ここはちょっとした噂というか、ジンクスがあるんだ」
「なになになに!?」
「それは、」
 口にしかかって、止める。
「……乗ってのお楽しみだ」
「えー!? じゃ早く乗ろう!」
「……あぁ」
 何の疑いも持たず、道後がゴンドラへ入る。万座が座ると、ゴンドラの入口が閉じられ、密室になった。
「へぇー……結構綺麗だな、外!」
「案外悪くないな」
「太子ってば素直じゃねーなっ。綺麗ー!って言えばいいのに」
「……言ったって仕方ないからな」
「まあ、言わなくたって景色は綺麗だけどさー」
 素直に言って何になると言うんだろう。自覚したその日に潰えた気持ちを、どうやって伝えたらいいと言うのか。
 だって、どう言ったって困らせる。道後が好きな人はたった一人で、自分は余計だ。でも、そんな余計な想いにすら、道後は真っ直ぐに向き合おうとするんだろう。悩んで、考えて、なくさない方法を、傷つけない方法を模索するんだろう。
 ……困らせたいわけじゃない。
「……あ、そういやジンクスって何だったんだよ」
「ジンクス? あぁ……」
 丁度、今だ。
 声に出すと同時に、道後の方へ一歩近づく。ぽけっと見上げてくる頬に触れると、くすぐったそうに身を捩った。
 一つひとつの仕草が愛おしくて、唇を噛む。
 これくらい、許してくれ。
「てっぺんでキスすると、明日も仲良しでいられるんだと」
「……何か、地味だけどいいな! 明日もって!」
「お前ならそういうと思ったよ」
 永遠とか、ずっととか、そういう不確かな話ではなくて、明日も。
 妙に現実的で、だからこそ本当だと思えるような言葉だ。
「そっか……き、キス……俺と七緒先輩が……何かハラ痛くなってきた」
「いや、それ明日やるなよ一六……色々台無しだからな」
「うう……頑張る! 俺、もっと……もっともっと、七緒先輩と……近づきたいし……」
 そうかよ。
 簡単な相槌すら言葉にならなくて、小さく頷くだけに止まった。
 観覧車はあっという間に一周し、地上に着いてしまった。
「今日マジで、マジで、マジで! ありがとなっ、太子!」
「感情こもってんなー……。テスト前のノートレンタルより」
「えっ!? や、いやいや、それもすっげー助かってます!」
 調子のいいことだ。
 またため息をつくと、「だから呆れたみたいにため息つくなってのー!」と怒られた。だから、呆れてため息をついているんだと、この件あと何度やれば判るのやら。
「あっ!」
「……今度は何だ」
「どうしよ……俺、デートしたの初めてだった……! 太子、これって浮気? 浮気になる!?」
 なる、と言えば揺らいでくれるんだろうか。というか、何だ、今更気づいたのか。
「……ならないだろ。そもそもこれは、」
 俺にとっては、そうでも。
「デートじゃなくて、ただの実地調査だ」
「そっか……じっちちょーさ……」
「一六、漢字の書き取り勉強しような」
「小学生じゃねーし!」
「とりあえず、明日はこんな感じで頑張れ」
「おうっ! 今日ありがとなっ」
 ぶんぶんと手を振ってくる道後に背を向けて、一度だけ振り返る。
 尚も手を振り続ける顔は、嬉しそうな笑顔で輝いていた。
「……いい加減やめろ、恥ずかしい」
「何でだよー!」



 密やかな想いがあった。
 叶わないことを知っていた。
 だから、君を愛することと、君から愛されることの両立を願うことをやめた。
 
 君が愛さなくても、君を愛し続けよう。
 その笑顔が、見られるというなら本望だ。

 ささやかな愛こそ、幸せなんだ。
 きっと誰にも判らないだろうけど。