真夜中、そっと寝室のドアを開けた。
足音を消して近寄ると、ベッドの端に毛布にくるまった道後が眠っていた。わざわざ端にいるのは恐らく、和倉のスペースを確保しておいてくれたということだろう。
頬に乾いた涙の跡を見つけて、思わず指でなぞる。子供みたいに高い体温を感じて、その時初めて、自分の手が冷えていたことに気づいた。
「……今日も【会えなくて】すみません」
声をひそめて呟くと、瞼にキスした。
道後と同棲を始めたのは、少し前のことだ。社会人になり、段々と会える時間が減っていったことに対して、和倉の方が音を上げたのがきっかけだった。
一緒の生活は何だかんだで楽しく、暖かな日々だったが、近頃は新しく任された仕事の所為で、声を聞けないことが増えた。朝は道後より早いし、夜は遅い。顔しか見られない日々に、ちょっとだけストレスが溜まるのも、無理はない。
まあ前は顔すら見られなかったのだから、贅沢は言えないけれど。
ちゅ、と唇を離すと、道後が「んん……?」と呻いた。
「ななお、せんぱい……?」
「起こしちゃいましたか? すみません」
「七緒、先輩だ……おかえりなさーい……」
ゆるゆると腕を広げられ、そこに飛び込んだ。子供体温を全身で感じて、心が一瞬でぽかぽかする。
「ただいま帰りました、一六くん」
「えへへー……」
眠たげな瞳から惟みるに、多分、というか絶対寝ぼけている。これは下手したら、明日覚えていないかもしれない。
「七緒先輩ー、……すきです……」
「え」
「すき、です…………」
「ちょっ、待ってください一六くん、」
「だいすきです……」
「…………」
ああもう、我慢したくないなぁ。
噛みつくようにキスすると、道後が苦しげに呻いた。酸欠になりそうなのか、胸をドンドンと叩かれる。ぷはっ、と息継ぎをすると、道後の瞳がくらくらと揺れていた。流石に目が覚めたようだ。眠っていたのに、申し訳ない。
「なっ、七緒先輩!?」
「……すみませんと言いたいところですが、一六くんが煽ってきたので自業自得です」
「えっ、自業自得、えっ、俺なにしたんですか!?」
「うるさい口は塞ぎますからね」
今度は軽く触れるだけのキスをすると、ただでさえ赤かった道後の頬が、更に赤くなった。沸騰でもしそうだ。
「七緒、先輩……っ」
「足りない、です。もっともっとほしい……、足りない……」
「……あははっ、いつもの逆っすね」
道後が不意に笑ったものだから、少しだけ不機嫌になって眉をひそめた。表情の変化に気づいたのか、慌てた様子で「変な意味じゃなくて!」と付け足した。
「何か、いつもは俺の方が足りなくて、七緒先輩のこともっともっともーっとほしくなってるんですけど、今日は七緒先輩の方が、俺のこと足りないんだなぁって」
「…………恥ずかしいですね」
「全然! 嬉しいです!」
にこっと笑うと、今度は道後からちゅっ、とキスしてきた。こつん、と額をつけると、髪が髪と擦れあってくすぐったい。
「……七緒先輩、明日も早いんじゃないですか?」
「君の方こそ、明日早くないんですか?」
「言いっこなしっすよ」
「そうですね、野暮なことは言わないでおきましょうか」
だってほら、今はこんなにお互いがほしい。