偶のお休みくらい、ゆっくり寝かせてあげたいとは思う。
と言っても、やっぱり限度はある。
もうすぐ十二時に差し掛かろうとした頃、道後は意を決して和倉を起こしに行った。
「七緒先輩、起きてくださーい。パジャマ洗濯したいんすけどー」
「んー……」
「とりあえず着替えて、で、寝直してください」
「……はーい」
めちゃくちゃ眠そうだが一応返事があったので、道後は着替えを置くと洗濯機のセットをしに行った。
そろそろ来るかな、と思ったにも関わらず、こちらへ来る気配がない。もしかしてまた寝ちゃったのかな、と戻ると、案の定座ったままこっくりこっくりしているのを見つけた。
「あ、七緒先輩ってば。ほら、着替えてくださいっ」
「えー……?」
「えー、じゃないです! もうっ、脱がせますよ、はいばんざーい」
「はーい……」
言われた通りに大人しく万歳してくれた和倉からパジャマを脱がせ、適当なシャツを着せようと手に取った。こんな光景、数年前の道後に話したところで信じてはくれないだろう。
『は、はぁっ!? お、お前、いくら七緒先輩が好きだからって、そんな妄想すんな!』
……何だろう、寧ろ怒られそうな気がする。
そんなことを考えていたら、半裸のまま和倉が凭れ掛かってきた。
「ちょっ……!」
ヤバい、あったかい、すべすべ、いい匂い。脳が一瞬でクラッシュしかかったが、ぐぐっと堪えて肩を押した。
「は、や、く、着替えて、くださいぃぃぃ……!」
「……えー」
「えーじゃないっすマジで!」
どうにかこうにか持っていたシャツを着せ、ついでにズボンも変えると、漸くパジャマを回収することに成功した。謎の疲労感が襲う。いや、おかしい、ちょっと着替えを手伝っただけのはずなのに。
「じゃ、じゃあ俺、洗濯機回してきますから。七緒先輩、お休みなさい」
「えー……行っちゃうんですか……?」
眠たげにとろんとした瞳に見つめられ、折角鎮めた心拍数がまた上がっていく。ダメだ、眠くて訳が判っていない人に手を出すなんて最低だ。
「お、俺洗濯しないとなんで! てかてかてか、ここで洗濯しないなら、着替え手伝った意味ないじゃないですか!」
「一六くん……」
「だ、だから……」
すい、と視線を逸らしたところに手が伸びてきて、頬を撫でられる。膝立ちの和倉は、直立している道後に寄りかかった。いつもならあまりない距離間に、心臓がうるさい。寄りかかられた箇所から、多分聞かれている。
和倉の口が、ゆっくりと開かれた。
「い、」
「俺っ!」
何かを言おうとしていたのは判ったが、多分聞いたらダメなやつだと察して被せた。ぱち、ぱち、とまばたきする和倉を見つめると、道後は大急ぎで言葉を続けた。
「せ、洗濯機回してくるんで! ちょっとだけなんで! 待っててください!」
「……わかり、ました」
小さく、小さく呟くと、和倉は道後から体を離した――のだが、代わりに裾を掴んだ。ん?と思っていると、立ち上がった。試しに一歩進んでみると、一歩ついて来る。
えっと、これは。
「……すげすげすげー、超、可愛い……っ!」
今にもしゃがみ込みたくなりながら、道後はどうにか呟いた。ふらふら眠たそうにしながら、和倉が自分の裾を掴んでついてきている。さながら迷子にならないように手をつなぐ子供のようだ。
念の為ゆっくりと歩いて洗面所へ向かい、洗濯機の中にパジャマを漸く放り込んだ。洗剤はセットしてあったから、あとはスイッチを入れるだけ、時間にして二十秒もかからない工程だ。洗濯機が動き出し、残り時間が一時間ほどあることが判ってから、道後は後ろの和倉に話しかけた。
「先輩、とりあえずソファーまで行きますよ」
「……はーい」
大人しくついてきてくれる和倉をソファーに座らせ、道後も座ったその瞬間に膝へ倒れ込んできた。
「はわっ!?」
「……」
もぞもぞと頭を動かすと、丁度いい位置でも見つけたのか、ほっと息をつく。そのまま目を閉じたのを見て、道後は漸く、自分が身動きを封じられる危機に直面していることに気づいた。
「七緒先輩、俺、これ動けないんすけど……!」
「……」
「な、七緒先輩ってば!」
「……ん」
ちら、とこちらを見た和倉は、あわあわと彷徨っている左手を掴んだ。胸元で抱きしめるように包み込むと、少し不満げに呟く。
「いっちゃ、や、です」
ずるい。ずるい、ずるい、ずるい。
やり場のない感情を持て余していると、そっと目を閉じられた。交渉の余地は、まあ色々な意味でない。
「あ、あと、一時間だけっすからね……」
聞いているのかいないのか、多分聞いていないだろうけど。言い訳するように零してから、道後は諦めて和倉の髪を撫でた。
――知るはずもない。
胸の中で、「甘いなぁ」と呟いていたことなんて。