バン!と大きな音ともに、蔵王がリビングへ飛び込んできた。
「やっべー! 寝坊した!」
「大丈夫ですか、リュウ」
「ダメ!」
 言い放って洗面所へ向かうと、さくさくと身支度を整えていく。手慣れているから普段だってそこそこ早いが、急いでいるのもあって更に早い。あっという間に【いつもの】蔵王になった。「朝ごはんは?」と聞いてきた鬼怒川に、いらない旨を叫ぶと、鞄を掴んだ。
 うつらうつらしながら朝ごはんを食べている由布院に悔しそうな目線を送ったが、コンマ一秒で逸らす。
「行ってきます!」
「いってら〜」
 一瞬前まで眠たげに揺れていたはずの由布院が、にやにやしながら手を振っていた。晴れやかな天気にもかかわらず呻き声を上げながら家を飛び出していく。
 鳴子はぽつんとテーブルに残された朝ごはんを見たが、すぐに新聞へ目を戻した。


 ずっと静かだった蔵王の部屋が、突如として騒がしくなった。どうやらまた寝坊らしい。
「リュウ先輩、寝坊っすか」
「寝坊だよ!」
 直球すぎる有基の言葉に半ば怒鳴るように返すと、洗面所へ行く。先客の鬼怒川がそっと鏡の前を開けると、会釈してから自分の姿を見た。
 瞬く間に全身を整え、リビングを抜ける。今日のメニューは鯵の干物とネギと豆腐の味噌汁にきんぴら、炊きたてのご飯のようだ。実に美味しそうだが、今日も食べる暇はない。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃいっす!」
 ドアが閉まる音がしてから鳴子が玄関へ行くと、やっぱり鍵が空いていた。
 小さく息を吐くと、鍵をかけて戻る。テーブルの上の朝ごはんにラップをかけると、冷蔵庫にしまった。
「リュウ、今日も寝坊したんだね」
「そうですね。どうにか自分できちんと起きてくれればいいんですけど」
「イオが起こしてあげれば?」
「鬼怒川先輩のようにはできませんよ」
 すぐに思い当たったようで、鬼怒川は柔らかく苦笑した。食器を下げていた由布院が、台所でゆるく首を傾げている。
「……あの、鬼怒川先輩」
 鳴子が何気ない風を装いながら、口を開いた。


 鬼怒川が皿をテーブルに置いた時、ばたばたと大きな足音が聞こえてきた。のんびりお茶を飲んでいた鳴子が苦笑いを浮かべる。
「またですね」
「まただね」
 二人で同時にドアを見ると、勢いよくドアが開いて、髪をまだ上げていない蔵王が飛び出してきた。
「やっべー寝坊した! おはようございます!」
「おはようリュウ、朝ごはんどうする?」
「いらねっすすんません!」
 軽く会釈すると、洗面所へ駆け込んだ。
 リビングを通過する時、通りすぎざまに、ちらりとテーブルを見る。今日の朝ごはんは目玉焼きとカリカリのベーコンにサラダ、しっかりめに焼いたトーストだ。因みに食パンは鬼怒川謹製である。
 めちゃくちゃ悔しそうに目を逸らすと、リビングのドアを開ける。短い廊下を駆け抜け、靴に両足を突っ込み、紐を整えていると、鳴子がとんと背中を叩いた。
「これ、良ければどうぞ」
 少しだけはにかむと、ラップにくるまったサンドイッチを渡した。中身は今日の朝ごはんのメニューが殆どそのまま入っている。
 食べやすく半分の大きさに切られたサンドイッチを、時間がないのにゆっくり受け取ってしまう。というか、ゆっくりになってしまうというか。
「……何か頼み事でもあんの?」
「失礼ですね」
 むぅっと唇を曲げてみせると、そっぽを向く。何だか余計に恥ずかしくなってきてしまった。

 昨日、鬼怒川に台所を使わせてほしいと頼んだ。
 朝ごはんをどうにか外でも食べられるようにできればと考え、作り替えることを思いついた。今日はパンだったから、サンドイッチだ。もし蔵王がちゃんと起きられたら、鳴子の分を出してもらい、自分はサンドイッチを食べれば済む話だ。
 何で私がこんなことしてるんでしょうか。こんな、一銭にもならないことを。
 そんなことが過ぎったのは、作業終了後だった。

「それより、早く行った方がいいんじゃないですか。バスの時間そろそろですよ」
「えっ、ああ!? マジだっ、行ってきます!」
 我に返ったように挨拶して、ドアを開ける。勢いよく外へ出たが、なぜか振り返った。
「サンキューなっ、イオ!」
 にっと笑って手を振ると、ドアが閉まった。少しの間呆気に取られていたが、ゆるゆると苦笑する。
「……どういたしまして、行ってらっしゃい。明日はもう少し早く起きられるといいですね」
 あとでメールでもしておこうと決めてから、鳴子は自分の朝ごはんを食べに戻った。