初恋味のお弁当


※高校生夢主
※モブ×夢主



 笑いさざめく声、可愛らしいスイーツ、迫力のあるグラフィティアート。色々なものが混ざり合って渦巻いて、一つの形を作る。シブヤの街は、今日も賑やかでカラフルで眩しく輝いている――にも関わらず、そんな街に似合わないほど落ち込んだ少女が一人。
「やっほーみことっ! 元気〜?」
「っ、うわぁぁぁっ!?」
 ぽんっ、と肩を叩きながら声をかけると、彼女は雷に打たれたように体をぴんと跳ねさせた。持っていたスクールバッグが綺麗に吹っ飛ぶ。宙を舞いかけたそれを慌てて掴むと、彼女は驚きと衝撃と安堵を混ぜた瞳で乱数を睨んだ。
「ら、乱数さん……! 脅かさないでください!」
「あははっ、怒った? ごめーんねっ?」
「怒っては……ないですけど……」
 もう、と呟き、彼女はため息をついた。
 初対面であろうとなかろうと大抵の人が「乱数ちゃん」と呼んでくる中で、少女は奥ゆかしく「乱数さん」と呼ぶ稀有な人物だった。ともすれば硬い響きになりそうなものだが、どこかやわらかく聞こえるのは彼女の声質の為だろう。この声で呼ばれることを結構気に入っている。
「で、そんなにずーんとしてどうしたの?」
「えっと……その、大したことじゃなくて……」
「ボクにとっては大したことなくても、みことにとっては大変なことなんでしょ? さあさあ、遠慮しないで♪」
 乱数が明るく軽く促すと彼女は小さく頷き、携帯を操作した。何度かスワイプし、画像を乱数に見せる。
「これ、どう思います?」
「これ?」
 向けられた画面を見つめると、そこには弁当の写真が映っていた。生姜焼き、卵焼き、肉じゃが、おかかの乗ったご飯。美味しそうではある。ただ。
「なーんか……地味?」
「で、ですよね……」
 がっくりと肩を落としながら、彼女が呟く。
「実は……今度好きな人に、お弁当作ってみようと思ってまして……」
「えっ!? 何それすっごく面白そう! 詳しく聞かせて!」
「お、面白そうって……」
 彼女は苦笑しつつもぽつぽつと話し始めた。
 その男子生徒とは一年生の時からクラスが同じで、同じ係を担当しているらしい。騒がしく軽い彼の第一印象はあまり芳しくなく、係の仕事も押しつけられるのだろうと思っていた。
 ところが、予想に反して彼は毎回きちんと仕事をこなし、時には彼女の分も手伝った。それだけでなく、「いつもありがとな! お疲れ!」と声をかけてくれたと言う。恋愛らしい恋愛をしてこなかった彼女にとって、彼の存在が日増しに大きくなっていくのは必然だったと言えよう。
 ――予想はしていたが、なんてことのない初恋の話だった。甘酸っぱくて、やっぱり甘くて、ありふれていて、でも特別で。レモンやマスカットの飴玉の味に似ている気もする。
「今度部活で練習試合があるので、差し入れというか応援というか……、その……頑張ってみようかなって……」
「なるほど〜、だからお弁当なんだね。ふぅん……、なら尚更、このお弁当じゃつまんないかな」
「……うぅ」
「そうだ、ボクも協力してあげる! そのおにーさんもイチコロなお弁当、一緒に作ろうよ」
「い、イチコロ……!? あ、というか、いいんですか? 協力していただいて」
「うんっ。それに、みことの目、今すっごくキラキラしてる。恋する乙女〜って感じ? いいインスピレーションもらえそう!」
「恋する……乙女……。な、何だか恥ずかしいですけど……、でも、宜しくお願いします!」
 きちんと頭を下げた彼女に「頭下げな〜い!」と声をかけてから、乱数は彼女の手を引いた。
「とりあえず……そこのパンケーキ屋さんで作戦会議だ〜!」
「え、ぱ、パンケーキ? 乱数さん!?」
 戸惑う彼女をよそにパンケーキ屋の扉を開くと、店員に案内されるままに着席する。彼女にフルーツのアレルギーがないか確認してから、「これとこれと……あとこれ! お願いします」と注文を済ませてしまった。
「み、三つも食べられるんですか?」
「二人でシェアすればいけるよ☆」
「それでも多いですよ!」
「大丈夫! ここのパンケーキって高さはあるけど小さめだし、ふわっふわで軽いから案外食べられちゃうんだ〜」
「そ、そうだったんですか……」
 明らかにほっとした様子の彼女を見て、乱数は少しだけいたずらっぽく微笑んだ。
「ふぅん? みこと、ボクのこと『何も考えてない奴』だと思ったんだ〜?」
「ち、違います! そんなこと……」
「あはははっ、みことって嘘つけない目してるよね」
「……すみません」
「いいよ、素直で可愛いもん」
「……うぅ」
 彼女は居た堪れない様子で顔を覆ってしまった。が、耳が赤いから嫌がっているわけではないと思う。
 そうこうしている間に頼んだパンケーキが運ばれてきた。全てがテーブルに並んだのを見計らって、乱数は彼女の前に置かれたパンケーキを指した。バターとメープルシロップがかかっただけの、シンプルなものだ。
「これ、どう思う?」
「どう、って……美味しそうです」
「うんうん。で、これ可愛いって思う?」
「可愛い……うーん、可愛い方だと思います。なんというか、絵に描いたみたいで」
「そうだね。じゃ、こっちは?」
 次に、二人の間に置かれたパンケーキを指す。苺と生クリームがたっぷり乗っている。
 同じことを聞かれていると察したのか、彼女は考えることなく答えた。
「こっちの方が可愛いですね。苺とかクリームとかって可愛らしいですし」
「確かに〜。じゃあラストっ、苺のとこれならどっちの方が『目立つ』?」
 これ、で乱数の目の前に置かれたパンケーキを指す。苺だけではなく、様々なフルーツがたっぷり乗ったそれを見つめ、彼女は大きく頷いた。
「フルーツが沢山乗ってる方が目立ちます。飾り切りもしてありますし、凝った感じもします」
「ぴんぽーん! どれがいいかって言うと好みの話になるから一概には言えなくなるけど、目立つのって聞かれたら判りやすいでしょ。一色よりも多色の方が映えるし可愛いのは、お弁当も同じだよ」
「なるほど。確かに私のお弁当、ほぼ一色ですよね……。でも、どうしたら……」
 意気込んだ瞬間に意気消沈した彼女に笑いかけると、乱数はぴんと人差し指を立てた。
「飛びっきり可愛くしちゃえばいいんだよ。ボクもアイデア出しには付き合うから」
「い、いいんですか?」
「勿論! さっきも言ったでしょ、『いいインスピレーションもらえそう』って。ボクにとっても悪くない話だから、どーんと頼ってよ☆」
 えっへん!と胸を張ると、彼女はぱちぱちとまばたきしてから、嬉しそうに笑った。丁寧に「宜しくお願いします」と頭を下げる彼女に再び頭を上げさせると、乱数はうーんと考えるポーズを取った。
 どうせなら彼女の良さを生かしながら可愛くしたい。彼女の良さと言えば、気安い存在であろう乱数にも丁寧な、その奥ゆかしさだ。とは言え、あまりに控えめにしてしまえば埋もれてしまう。ただ飾ればいいというわけではないから、少しばかり悩ましい。
「中身は悪くないと思うから、そのまま活かしていこっか。そうだなぁ〜……あっ、こんなのはどう? 肉じゃがの人参を飾り切りにするの! 難しいならお花の抜き型で抜くだけでも、全然違うんじゃない?」
「人参を! それいいかもです。私、お花になら切れるので切ってみます。……あ、絹さや乗せたら彩り良くなりそう……!」
「へぇ〜! いいねいいねっ、茶色一色は回避できるんじゃない?」
「そうですね! ……よしっ、もっといっぱい考えてみます!」
「その意気だよっ、どんどん行こー!」
「はいっ!」
 どんより落ち込んでいた彼女の瞳から、きらきらが溢れた。二人でパンケーキを食べながら、アイデアを次々と出していく。
「ねぇねぇ、プチトマトは入れないの? 割とオーソドックスな赤な気がするけど」
「プチトマト……。私、プチトマトだけで食べるのあんまり好きじゃなくて……。自分が美味しく食べられないもの入れるのってどうかなと思って」
「あはは、確かにね。ん〜、だけっていうのが嫌なら〜……、チーズとかと一緒ならどう?」
「チーズ……あっ、プチトマトの中にチーズ入れて焼いたら美味しいかも」
「いいんじゃない? 赤も白も入ってカラフルだし! えへへ、賑やかになってきたねっ」
 彼女の持っているメモを覗き込むと、そこには様々なアイデアがぎっちりと書かれていた。乱数が提案したものだけではなく、今考えたものも沢山詰め込まれている。まるで彼女の想いの数を示しているようで、何となく眩しく思えた。
 三つのパンケーキを分け切って平らげた頃、彼女はうんと頷いてから改まった様子で「乱数さん」と呼んだ。
「ありがとうございます。乱数さんのおかげで、可愛いお弁当にできそうです」
「えー? ボクはアイデアを出しただけで、それを『こうかな〜』とか『こうしよう〜』って形にしたのはみことなのにな〜?」
「そのアイデアがとっても助かったんですよ。……ありがとうございました。……頑張りますね、折角手伝ってもらったわけですし」
 彼女は決意を示すように拳を握ってみせたが、幽かに震えていた。それもそうだろう、だってこのお弁当作りは、彼女が初めて彼への想いを零す【告白】なのだから。
 乱数はそっと目を伏せ、囁くように呟いた。
「……大丈夫。キミが好きになった人のことを信じてあげなよ」
「え……?」
「そのおにーさんは、みことが一生懸命作ったお弁当見て、迷惑だーって言うような人なの?」
「……多分、それはないと思います。……思いたいだけかもしれないですけど。でも、人の頑張りとか努力とか、そういうのを馬鹿にする人ではないです、絶対」
「でしょ。なら、もしいらなかったとしても、想いは受け取ってくれるんじゃないかな」
 伝えたいことは伝わる。たとえ、お弁当そのものは受け取ってもらえなかったとしても。伝えたいと思うのなら、きっと。
 乱数が笑いかけると、彼女の瞳が少しずつ凪いでいった。小さな手の震えが、止まる。何度か深呼吸をしてから、彼女は力強く頷いた。
「私、頑張ります!」
「あははっ、その意気だ〜! 応援してるねっ☆」
「早速帰って試作品作ってみます! ……えっと、おいくらですか?」
 勢いで帰りそうになっていたが、彼女が慌てて財布を出してきた。それを軽く押し留めると、ぱちんと可愛くウインク一つ投げる。
「えっへん! もう終わってるよん♪」
「え、えぇっ!? いつの間に!?」
 予想通りの反応を見て、乱数はけらけらと笑い声を上げた。



 業者との打ち合わせを終え、乱数が事務所へ戻ると、そこには幻太郎がいた。帝統は少し遅れてくるらしい。どうせ賭場で文字通り散財しているのだろう。
「お帰りなさい。ひと足遅かったですね」
「遅かった……って何が?」
「先程女学生が来て、乱数にと」
 ずい、とテーブルの上に押し出されたのは、一つの弁当袋だった。女学生、弁当と来て、頭の中で彼女が浮かぶ。
「……そっか。受け取ってくれてありがと、幻太郎っ」
「食べるなら早く片付けてしまった方が良いと思いますよ。十中八九、帝統は腹をすかせて来るでしょうから……無惨に食い荒らされてしまう前に」
「あははっ、そうだねっ☆ 帝統に食べられちゃう前に、いただきまーす!」
 袋から弁当箱を取り出すと、えいやと蓋を開ける。途端にわぁ、と感心の声が漏れた。
 花の形に切られた人参の乗った肉じゃがには、そっと絹さやが添えられている。中にチーズを入れて焼いたプチトマト。鮭と枝豆の混ぜご飯に、アスパラと人参を格子柄に組んだ肉巻き。ハートになった卵焼き――恐らくこの弁当を相手に渡したのだろう。最初の写真とは大違いだ。
 一つひとつ、箸をつけていく。
 混ぜご飯には白ごまも入っていて、噛む度にぷちぷちと弾ける感触が良い。肉巻きは生姜醤油の味がついていて、大きめの野菜なのに食べやすく感じた。出汁の利いた卵焼きも、味の染みた肉じゃがも、少し焦げ目のついたプチトマトも一つ残らず完食して、乱数は立ち上がった。
「ちょっち出てくる! 帝統来たら宜しく〜!」
「はいはい、行ってらっしゃい。……嗚呼そうです、小生としたことが」
 幻太郎に呼び止められ、足踏みしながら振り返る。彼はそんな様子にふふと笑みを零しながら、乱数に伝えた。
「『ありがとう』、と仰っていましたよ」
「!」
 居ても立ってもいられず、走り出していた。姿を探せば、彼女はすぐに見つかった――隣に、髪色の明るい男子高生も。
 楽しそうに笑い合う二人にピンとひらめく。
 そうだ、今度は靴を作ろう。派手な男の子と、ちょっと大人しい女の子がお揃いで履けるような靴を。
「……うん! いいねいいねっ☆」
 乱数は両手の親指と人差し指を、フレームのように四角く合わせた。心の中でシャッターを切ると、二人の笑顔が胸に焼きついた――ような気がした。


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