05.


雷門と帝国が戦った翌日、尾刈斗中から雷門中に試合の申し込みがあったということがわかった。どうやら豪炎寺はあの後サッカー部には入部していないらしいということも。
焔はその報告を聞いて一人ため息をついた。
そんな簡単には気持ちが変わらないだろうという諦めの気持ちが大半だったが、どこかまだ期待していたのだ。昨日のあの試合を見た後だったから尚更。

「何かきっかけがあればと思ったけどあれではきっかけにはなり得なかったか…」

帝国学園のグラウンドに通じる暗い廊下を1人歩きながら焔は呟いた。
サッカーに再び触れれば気持ちも変わるかもしれないと思ったのだけど、とひとりごちた。
とはいえ無理強いさせるものでもないなと思いつつ、グラウンドにたどり着き本日の練習に取り組み始めるのだった。




焔が豪炎寺に思いを馳せていた翌日、部活が終わり帰路についていた焔のケータイに着信が入った。発信元をみればそこには見覚えのある番号と名前、豪炎寺修也の文字が。
かれこれ1年振りにみたこの通知に少々戸惑いながらも受話ボタンを押した。

「…電話では久しぶりだな。この後会えないか?直接会って伝えたい事がある。」
「今帰宅途中だからね、いいよ。どこで?」
「駅まで迎えに行くから夕飯食べていけ。」
「そ、わかった。」
「じゃあ、また後で」

蟠りがあったとは思えない程ぽんぽんと続く簡潔な会話の押収。電話越しではあるが焔はどこか楽しげな豪炎寺の声色を聞き取り、‘ 話したい事 ’の内容にぴんときた焔は軽い足取りで稲妻町に向かう電車の駅に足を進めた。




「ごめん、待たせた」
「俺が呼んだんだ、気にするな」

電車を降り改札口を抜け、辺りを見渡すと比較的わかりやすい位置に豪炎寺が雷門の制服を着て立っていた。その制服はここ数日しか着ていないにしては随分とくたびれており、砂埃を被っていたが焔を見つけるなり豪炎寺は、肩の荷が降りたような晴れやかな表情で静かに微笑んでいた。
遅れてきた事に詫びを入れ、並び立って豪炎寺の家へ向かう。会話はないものの穏やかな空気が流れていた。


豪炎寺家に辿り着き玄関に上がると家政婦のフクが2人を出迎えた。最初はここ1年見ていなかった焔の姿をみて驚いていたが、すぐに温かな笑みを浮かべて歓迎した。


フクさんによる夕食を食べ終わり、食器を片付けて2人は豪炎寺の私室に移動した。
こうして二人並んで座るのも久し振りで豪炎寺と焔はどことなく緊張していた。部屋に響くのはカチコチと鳴る時計が時を刻む音のみ。話があると呼び出した豪炎寺がゆっくりと口を開いたり閉じたりするのを横目に、しびれを切らした焔が前を見つめたまま口を開いた。

「ねぇ、サッカー…はじめたの?」

パッと焔に向き直る豪炎寺。彼が言おうとしていて中々言い出せなかった本題にいきなり触れてくるものだから驚いていた。だが同時に疑問符こそついているものの、ほぼ確信しているかのような言い方に思わず苦笑する。どうやら筒抜けだったようだ。

「ああ。円堂に夕香の話をして、雷門…中学の理事長代理に1番サッカーをして欲しいと思っているのは誰だと問われてな。目が覚めたよ。」
「…そ、よかったじゃない」

晴れ晴れとした表情で焔に昨日今日とあった自身の心境の変化について語る豪炎寺に対し、焔はどこか拗ね気味である。恐らくは1年前のあの日、豪炎寺に言った事とほぼ変わらない質問によって立ち直ったのが焔の言葉ではなかった事に妬いているのだろう。それに気づいた豪炎寺は謝罪の言葉を重ねた。

「…本当にすまなかった。夕香の為にサッカーを辞めるなんて、誰も望んでいなかったな」
「全く、気づくのが遅い。
…でも私こそ本当にごめんなさい。夕香が事故に遭って気落ちしないはずないのにバカなんて言うべきじゃなかった。修也に寄り添うべきだった。」

拗ねた表情から落ち込んだように俯きがちになる焔。彼女は彼女なりにあの日豪炎寺に浴びせた言葉について悔いていた。彼の近くにいて励ます等すればまた状況が変わっていたのかもしれないと。だが豪炎寺はそれを否定した。周りを見ずに一人抱え込んだ自分のせいだと。焔はそうかもね、とだけ言って目を瞑り豪炎寺の肩に頭を乗せた。触れ合ったところからじわりと伝わるお互いの体温。それはひどく懐かしくとても安心出来るもので、離れていた1年の空白をゆっくりと埋めていくかのようだった。

「ねぇ修也、……おかえり」
「ああ、ただいま」

お互いが再び隣に戻ってきた事に対するただいまとおかえり。その挨拶を交わせたことに胸に暖かいものが広がった豪炎寺は、愛しさや感謝を込めてゆっくりと焔の頭を撫でた。




いくら時間が経過しただろうか。中学生が1人出歩くにはもう夜も遅くなる時間になり、2人は静かに離れた。それじゃあと帰ろうとする焔に豪炎寺は送っていく、と声をかけた。

「別に大した距離でもないし平気よ。それにサッカー部に入部したなら朝練とかあるんでしょ?早く寝なさい」
「お前の大丈夫や平気は信用ならない。何があるかわからないから送らせてくれ」
「信用ならないって何よ。それにそんな丁重に扱ってもらわなくても…」
「ほら、いいから行くぞ。」

断ろうとしたものの引き下がらない豪炎寺に半ば呆れながら折れる焔。だが引き下がらないのは豪炎寺の心からの心配によるものだとわかっているから思わず唇が弧を描く。
それに疎遠になっていたにも関わらず蟠りがなくなり、こうしてまたくだらないやりとりが出来た事に嬉しさを覚えていた焔は行くぞと言って先に歩き出した豪炎寺に素直に従った。
夜空ではきらきらと輝く満点の星空が2人を見守っていた。