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旧「怪獣くん」シリーズ、リメイク版05

右腕に巻き付く炎を吐く龍の刺青のある巨漢が無遠慮に入ってきた。かと思えば止める間もなくユーリを殴り飛ばす。なんとかその場に踏みとどまった彼を睨むでもなく、その巨漢は豪快に笑って言った。

「おうユーリ!久しぶりだな!」
「あぁ……変わってねぇな、メルゾム」

殴られる覚悟はしていたユーリは平然としているが、周りは突然現れ彼を殴った巨漢に驚くばかりだ。

「メルゾム、これは、あの……」
「気にすんなカロル。遅かれ早かれこうなる運命だっただけの事よ。こいつがアイナを諦めるとは思えねぇしな」

ぐしゃぐしゃとカロルの頭を撫でるメルゾムは、簡単に自己紹介を終えると早々にアイナに怒られた。レオニートが先刻寝付いたばかりなのだ。当然今の騒音で起きてぐずってしまった。大きな体を小さくして謝る姿にハルカは少し笑ってしまった。

ぐずるレオニートがアイナではない誰かを必死に探している。眠気も加わって更に舌足らずでよくわからなかった。

「ほれ、オレはちゃんとここに居る。心配すんな」
「ん……とちゃ、だこ」
「抱っこか?甘ったれだな」

まるで今までもずっとそうしてきたかのように自然に、ユーリとレオニートは会話している事に居合わせた全員が驚いた。少しぎこちなく、それでもしっかり抱き上げたユーリの腕の中で、幼い体を預けきって眠る体勢を整える。すっかり安心した顔で目蓋を閉じた彼は、やがて穏やかな呼吸を繰り返した。しかし小さな手は驚く程しっかりユーリの服を握っている。無理に放そうとすれば起きてしまいそうだし、服も伸びるだろう。

「なんだ、立派に父親気取りか?ユーリ」
「メルゾム、やめて。レオがずっと父親を恋しがっての、知ってるでしょ。取り上げたのは私だよ」
「それはもう存分に怒らせて貰ったがな、アイナ。お前を不安にさせたのはユーリだ。どっちもどっちだろうが」

ユーリに対しては、まだ怒り足りないと言いたいのだろう。しかし今はレオニートのために矛を収めたようだ。声は先程までに比べてだいぶ抑えてある。それでもアイナは、首を横に振った。その先は自分達ふたりの問題で、既に解決しているのだと譲らない。

頑なな彼女に、やがて折れたメルゾムが重い息を零す。

「アイナ、お前が納得してんなら、文句はねぇよ。腹は立つがな」
「よかった。じゃなかったら私の準備運動の相手になって貰う所だった」
「お、おい、それは勘弁しろ。こっちは年なんだぞアイナ」
「ふふふ」
「ふふふ、じゃねぇよ」

小突かれても笑っているアイナに、本気だったなと肝が冷える。カロルからその強さを聞いている身としては、どの程度が「準備運動」なのかは想像したくない。そんなこちらの心情を気付きもせずにアイナは笑顔でハルカ達に言った。

「でも、今日来てもらえて丁度よかった。ちょっと付き合って貰ってもいいかな?招待状貰ってて」

姉の頼みとあらば、とふたつ返事で了承した事を、カロルは少し後悔する事になる。



もう何人目だろうか――たった一撃で人が吹き飛ぶのを見るのは。

ノードポリカの闘技場でぼんやりそんな事を考える。ユーリの腕に抱かれているレオニートは見慣れているのか、舌足らずながら懸命に母親を応援していた。

「かぁちゃ、がんばえー!」
「おー、あいつキレイに飛んだな」
「かぁちゃ、ちゅおい!しゅごい!」
「そうだな。かぁちゃん強いなー」
「かぁちゃ、ちゃーきょー!」
「そうだな、かぁちゃん最強だな」

こう見ると流石ユーリの子と言うか、あのふたりの子だと思わされる。顔や雰囲気だけでなく、なんと言うかこう、肝が据わっている所とか。いや、確かに見ていると最強だなと思わなくないとハルカも思う。あの旅の最中、一緒に居てくれたらどんなに心強かったか。嗚呼でも、当時はレオニートが生まれたばかりの頃だろうし、どちらにしたって無理かと現実逃避しながら二百人目が倒されたのを眺めた。ここまで相当早いタイムだが、戦いはまだ終わらない。

そう。これは漆黒の戦乙女と呼ばれるアイナのために用意された新しいチャレンジ。三百人斬りだ。二百人ならハルカだけでなくユーリ達も旅の途中に挑戦した事がある。あの頃は、各々修行を兼ねていたし、正直懐も寂しくなりがちな旅だったので賞金も欲しかった。が、経験したからこそわかる。二百人でも、やっとの思いで勝ったのだ。それが更に百人増えたチャレンジとなると、やる気は失せてしまう。

「(あ、またキレイに飛んだ)」

アイナの勢いは劣る事を知らず、むしろ増していくばかりだ。こちらに向かって手を振る余裕すら見せている。流石は「戦乙女」と呼ばれるだけの戦闘力だ。

けれどその剣が鈍り、アイナが突然相手から不自然に距離を取る。対峙しているのは見覚えのある金髪の騎士だった。


ほたるび