01


今日だけでもう何度、時計に目をやっただろうか。
いつもの倍どころではない程、彼女は時間を気にしていた。コンプレックスのひとつである硬い質感の髪を結んでいたゴムを乱暴に取り払う。数分前に見た携帯電話に並んだ文字が脳裏にこびりついたまま、どこか乱暴に愛車に乗り込んでアクセルを踏んだ。

彼女――ハルカには同い年の親友がいた。

出会ったのは自宅から二時間ほど車を走らせた父親に連れられて訪れた、一件の家。当時小学四年生程だった彼女は、そこで三つ年の離れた兄妹を紹介された。自分よりも頭ひとつ分大きな背の少女と、少女よりも多少大きい少年。性格や得手不得手は真逆のようだが、ふたりは幼さの中に大人びた雰囲気のある、なんだか独特の雰囲気を持った兄妹だった。

数泊する事になり、最初は何をするにもお互い余所余所しい態度であったが、話しかければ真摯に耳を傾け、笑ったり相槌を打ってくれる。そんな姿勢に惹かれ、自然と自分も彼女の話に真剣に耳を傾けるようになった。別に今までどの話も適当に聞き流していた訳ではないが、彼女の話は特に真面目に聞きたいと思っていた。

そんな彼女だから、だったのかもしれない。特に誰かに話す程の事でもないのに、あんな曖昧な記憶を彼女に話したのは。
幼稚園くらいの頃だっただろうか。父親に連れられて行った、県内の海辺にある旅館の土産屋で、年齢を思わせない低い背丈の自分よりも、頭ひとつ分身長の高い女の子と会った。当初人見知りの激しかった自分の手を握って歩いてくれる、明るくて優しい女の子。泊まっている間に会うとずっと手を繋いでいて、もうひとりの女の子と一緒に遊んだ。家に帰れば会えなくなってしまう。それを理解していたから帰るのが嫌で、でも帰らなくてはいけなくて。自宅へ向かう車の中で酷く泣いた。

たったそれだけの、ぼやけた記憶。それっきり会っていないあの女の子の存在がずっと忘れられなかった。もし会えるならあの子に会いたいと心底思っているのだと話すと、彼女は大きな目を丸くして数回瞬きを繰り返す。

そして酷く驚いた様子で彼女は呟くように、おそらくそれは自分だと言った。聞けば彼女も、曖昧な記憶に残る幼い頃の自分がずっと忘れられなかったらしい。そして、ずっと女の子だと思っていた一緒に遊んだもうひとりの子は男の子で、彼女の兄なのだとその時初めて知った。
やっと会えたね、と笑い合うのが泣きなくなるくらい嬉しかった。

その後も数回、学校が連休になれば彼女の家に泊まりに行った。会えない間も毎日のように手紙を書いたり届いたりして、いつしか彼女は友達や親友以上の言葉にし難い程貴い存在になる。
これからもずっと、彼女とのやりとりや関係は続いていくのだと当たり前に思っていた。



しかし十年前――なんの前触れもなく、彼女は姿を消した。なんの手がかりも残さず、まるで神隠しにでも遭ったかのように。

手紙が来ない。
電話が来ない。
泊まりに行っても彼女がいない。

たったひとり、貴い存在が姿を消してハルカの世界は色を半分失った。
月日が過ぎる程に大人達は彼女が不幸にも死んでしまい、どこかに隠されてしまったのだと思うようになる。当初は必死に探していた警察も規模は小さくなり、やがて探さなくなった。彼女の両親も諦めたようだった。
それでも彼女の兄とハルカは決して諦めなかった。ひとつの手がかりがなくても時間を見付けては探し、状況を報告し合っていた。生きているのだと、生きていてまた会えるのだと信じていた。疑った日などこの十年で一度もなかった。

それが今朝、彼女の兄から届いたメールを読んで呼吸を数秒間忘れた。画面に並ぶ「手がかりを見つけたかも知れない」という文字に、嬉しくて涙が止まらなかった。上京して働いている彼と、お互い仕事や学校が終わったら彼の実家で会う約束をし、授業に臨んだのはいい。

けれど案の定、授業内容がさっぱり頭に入らず時計ばかりを気にして、終わると誰に声をかけられても無視を決め込んで車に乗り込み走らせた。

十年探し続けてやっと見つかった手がかりに心が躍る。いつもより長い道のりに感じられて、やっとの思いで目的地に着くと、先に到着していた彼は珍しく動揺を隠せないでいた。

無言のまま目の前に差し出されたのはゲームの説明書。表紙には夜の街並みとそこに咲く桜が描かれており、上方には英字が並んでいた。そこをめくると注意事項と目次があり、さらにページを進める。キャラクター紹介のページの絵と、その隣に羅列する文字に言葉を失った。

主人公と思われる長い黒髪の黒い上着とズボンを着た青年が居て、その下に同じく長い黒髪の女性の姿がある。その隣に並ぶ文字は、女性をこう紹介していた。

アイナ
性別:女 年齢:20歳 身長:159cm
十年前に突然現れた女性。フレンと親しく、ユーリとは恋仲で同棲している。
面倒見がよく時には自分すら客観視出来るためしっかりしている印象を与えるが、どこかおっとりして抜けている。歌う事が好きでよく口ずさむが、上手でもなければ下手でもない。
下町にある酒場の看板娘であると同時に小説家でもある。多忙な生活をしながらも自分の事を省みないユーリをしっかり支えている。


これは単なる偶然だろうか。
失踪したのと同じ十年前に現れ、それもファーストネームも年齢も彼女と同じだ。否、これは人の手によって作られた物語だ、そんなはずはない。

ないが……もしも、万が一にもこのゲームの題材になっている「テルカ・リュミレース」と呼ばれる世界が実在していたら――彼女はこの世界で生きているという事になるのではないだろうか。

気の狂った夢物語かもしれないが、考えが真剣にそうなってしまう程描かれた女性は設定も然り、あの少女だった頃の彼女の面影があった。半信半疑でそのゲームを起動させ始めた彼の隣に座って画面を眺める。

やがてテーマソングが流れ始めた。緊張しながら最後まで聴くと、いよいよ真偽がわかるのかも知れないと息を呑む。
彼が「NEW GAME」のコマンドを押すと、いきなりテレビが白く眩い光を放って部屋を包んだ。目を開けるのが辛くて目を閉じると、どんどん意識が遠くなっていく。
抵抗する間もなく、そのまま何もわからなくなった。



to be continued...

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ほたるび