07
ハルカは逃げるように目を逸らした。こんなに可愛らしい少女にじっと見詰められては同性でも照れてしまう。
「迷子、です?」
「え?あー……迷子といえば迷子、なのかな。何があっても会いたい人が居るの。だから、どうしてもここから出たいんだ」
すると、少女はハルカの頭を撫でた。自分よりも背の高い彼女を見上げると優しげな笑みを浮かべている。
「偉いんですね」
そのひと言で子ども扱いされている、と直感した。別にこれが始めてではない。童顔に加えて背が低いから実年齢よりもずいぶん幼く見られるのはいつもの事だ。
「まぁ、こう見えても二十年生きてるからね」
「え!?と、としう……すみません!わ、私てっきり……」
慌てて深々と頭を下げる少女の顔を上げさせると、ハルカは気にしていないと笑って見せる。本当に申し訳なさそうな彼女は、ハルカの笑顔に釣られて少しずつ笑みが零れていった。
「おーい、こっち終わったぞー」
「あ、ユーリだ。ヤバい、ちょっと忘れてた」
呼ばれて歩み寄ると、ユーリの足元で騎士達が伸びていた。微かに唸り声が聞こえるから死んではいないのだろう。
少女はハルカの口から出た名前に聞き覚えがあったのか、彼に駆け寄るとすがり付くようにユーリを見上げた。
「ユーリ・ローウェル?もしかして、フレンのお友達の?」
「ああ、そうだけど」
面倒臭そうに返事をするユーリの脇腹を「面倒臭そうに言うな」という意味を込めて軽く肘鉄を決めようとした。が、ハルカのそれは簡単に止められてしまう。少女がふたりの地味な攻防に気付く様子はなく、彼女は話を進めた。
「なら、以前は騎士団にいた方なんですよね?」
「ほんの少しだけだけどな。それ、フレンに聞いたの?」
「はい」
「ふ〜ん。あいつにも城の中に、そんな話する相手居たんだな」
頷いた少女に、ユーリがほんの少しだけ懐かしむような表情をする。が、その僅かな変化にハルカも少女も気付く事はなかった。
「あの、ユーリさん。フレンの事でお話が」
「ちょい待った」
少女の話を手で制すと、ユーリは探るように彼女を見る。フレンの事は気になるが彼は柔な男じゃないし、悔しいが自分より剣の腕もいい。それに、今のユーリにはやらなければいけない事があるのだ。場合によるが、あまり構っていられない。
「あんたいったい、なんなんだ?フレンの知り合いなのはわかったけど、どうして騎士団に追われてんだよ」
冷静に考えてみれば、ユーリの疑問は最もなものであった。少女のまとう雰囲気やドレス、騎士達が敬語を使い話していた事実、そしてここが城の中だという事から彼女が上流階級だというのは察しが付く。だが、それでは追われていた理由にならない。ましてや少女は騎士に剣を向けられていたのだ。
少女は視線を彷徨わせ酷く困っている様子だったが、ハルカにはどうする事も出来なかった。言えないけど助けて欲しい、なんて都合がよすぎる。少女を助けたくない訳ではないけれど、今のハルカにはアイナ以外の事をよく考えられなかった。
不意に耳障りなほどものすごく大きな声がユーリをフルネームで呼んだ。後に続いて、先程よりも幾分か小さい声が脱走者だの、逃げ出しただの言っている。どのくらいの距離があるかわからないが、話をしている余裕はないという事だ。
ユーリは声が聞こえてきた方の廊下を横目で見ると、眉を寄せて舌を鳴らした。
「また、あいつらか。もう牢屋に戻る意味なくなっちまったよ」
突っ込む所はあったが、あえて無視する事にする。
「事情も聞きたいけど、のんびりしてらんないよ。まず、そのフレンとかいう人の所に案内すればいいじゃん」
「しゃあねぇ。それでいいか?」
「あ、はい!」
少女が大きく頷く。行くぞ、と言ったユーリを先頭に声が響いたのとは別方向の暗く広い廊下を進んでいった。
「この辺り、だったような……」
途中階段で上へ行き、そこから道なりに進んでいると少女が突然、キョロキョロと辺りを見回し始めた。それを見たユーリが右手を腰に当てて小さいため息を吐く。
「……あんたの立ってるそこがフレンの部屋だろ?」
ゆっくりとした動作で視線を左にずらしていくと、少女の目の前に扉があった。頷いてポン、と手を叩く。どうやら覚えがあったらしい。少女はノブを掴んで回すと、ゆっくり扉を開いた。
月明かりだけが室内を照らす。薄暗いフレンの部屋は生活観があまり感じられないくらい片付いていた。元々そんなに散らかしておくようなタイプの性格ではないし、彼は几帳面だ。思い当たる節があるのか、部屋を見回しながらユーリが呟いた。
「やけに片付いてるな……こりゃあ、フレンのやつどっかに遠出かもな」
「そんな……間に合わなかった」
少女はがっくりと項垂れる。それを尻目にユーリはベッドに腰を落ち着けた。
「んで、いったいどんな悪さやらかしたんだ?」
「どうして?私、何も悪い事なんてしてません」
「なのに、騎士に追い回されるのか?常識じゃ計れねぇな、城ん中は」
棘のある言い方だった。咎めるようにハルカはユーリを睨む。
先程から気になっていたがユーリは、この少女に対して少々棘のある物の言い方をしている。元から口が悪いのか、それとも他に理由があるのかわからないが、ハルカはそれが気に入らなかった。
「あの、ユーリさん!」
「なんだよ急に」
「詳しい事は言えませんけど、フレンの身が危険なんです!私、それをフレンに伝えに行きたいんです」
「行きたきゃ、行けばいいんじゃないのか?」
少女はユーリの視線から逃れるように俯く。彼は窓の外で浮かんでいる月を瞳に映しながら続けた。
「オレにも、急ぎの事情があってね。外が落ち着いたら下町に戻りたいんだよ」
心配なやつが居るからな、と足してユーリはほんの少しの間だけ目を閉じる。月明かりを受けるその表情はなんとも言い難いものだった。愛しい者を想う、何よりも優しい顔……というのは、こういうものなのだろう。ユーリは余程アイナを大切に想っているんだ。彼の表情からそれがハルカに伝わった。
「(なんか悔しいな……)」
自分よりもユーリの方がアイナを知っているのだと言われているみたいで。
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ほたるび