CASE1 アルフェン


彼女の事をはっきり認識したのは、リンウェルがシスロディアから助力を求めてやって来た少し後だった。それまではただ、いつもジルファの近くに居る誰とも喋ろうとはしない片目を怪我している人、というだけで酷く存在感も薄かったように思う。

隠れ家から脱出する時も彼女はジルファと共にあった。だが、戦う訳でもなく、そこに居て沈黙したまま付いて回る。腹部だけが膨らんでいる彼女が他の「紅の鴉」に比べて、明らかに異質だったのは初対面から明確だったと思う。それでも、その時のオレは自分自身の周りの激しい変化だけで、精一杯だったんだ。

「隠れ家に妊婦を置いて、随分と酔狂なのね」

捕らえられたシオンがそう皮肉ったのを聞いて、初めて彼女を認識したくらいには存在感というものを感じなかった。動揺していたのもあったが……思い返せば、彼女は意図的に自分をあまり認識されないようにしていたんじゃないだろうか。

ジルファ以外の「紅の鴉」に聞いても、ただ「契約」で彼女のあらゆる物事に詮索しない、必ずジルファがその身を守る事になっていると、ジルファ本人が言っていた以外に彼女の事はわからないらしい。

そんな彼女が、シスロディアにも一緒に来ると知った時、オレは酷く驚いた。シオンが断固拒否しても、リンウェルが止めても、ジルファは「それが契約だ」と譲らなくて話が拗れたくらいだ。その時になって初めて、オレは彼女をはっきり認識して、声をかけた。

「あんたは、それでいいのか?いくら契約だって言っても、妊娠しているならここに残った方がいいんじゃないか?」

彼女は答えなかった。それでもオレを真っ直ぐ見詰めてくる。優し気な垂れ目には不釣り合いな強い意志に、それ以上は言葉が喉に詰まって何も言えなかった。

シスロディアに向かう道中、黙々と後ろを歩く彼女の姿に我慢出来なくなってジルファに訊いた事がある。彼女はいったい、何者なのかと。するとジルファは、強い眼差しでこう言った。

「お前が奴隷を解放する剣なら、彼女は戦いの先にある未来の希望そのものだ」
「彼女が、希望?どういう意味だ?」
「言葉通りだ。それ以上でも、以下でもない。ただ単に、存在そのものが希望なんだ。だから命を懸けて守る価値がある」

それ以上は教えてくれなかった。契約上これ以上言えない、後は自分でその意味を考えろ、とだけ。

だからだろうか……彼女を「希望そのもの」とまで言ったジルファが、息子だという倒れた蛇の目の隊員のために逃げなかった時、オレは彼女を託されたような、そんな気がした。

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ほたるび