T Misstrauen
妙な国にきてしまったと、私はこの地に足を踏み入れて間もなく感じた。荒れたスラム街と賑やかな市場、王政打破の落書き、妙な紙幣。いままで訪れたどの国より異様だった。もっとも、その国々はこのバルバッドより遥かに小さく、比べるに値するのかあやしいのだが。しかし、この状況は私にとって最大のチャンスだった。





時は流れ、早いもので私がバルバッドに着いてから一ヶ月は経とうとしていた。スムーズに王宮へ入り込むことのできた私は、どうにか王やその側近を言いくるめながら過ごしていた。私の目的は書物だった。この"世界"のことを誰よりも理解する必要があったのだ。早くも書庫の本をすべて読み尽くしてしまいそうだった。なんでもとある事件での火災で王宮に保管されていた本の大方は燃えてしまったというのだ。それから今に至るまで、隙間を埋めるように本は増えていったようなのだが、私が興味惹かれる本は五十となかった。この王宮が今まで入り込んだ国のなかで一番大きかったので、期待していただけにがっかりだ。本当に、がっかりだ。

読んでいた本から顔を上げ、窓へ視線を向けた。あぁ、もうこんなに日が傾いてしまった。早くあのどうしようもない王のところへ行かなければ。急いで散らかしてしまった本をもとの場所へ戻し、廊下へと続く扉とは反対へ進んでいく。ここへは位の高い文官か王族しか出入りできないのだ。扉には厳重に鍵がかけられていたし、見張りの目は厳しかった。今までのように王族を手玉に取ってから書庫へ正規ルートで堂々と入るというのでもよかったのだが、この国はもうお終いだった。時間をかけている暇はなかった。幸運なことにこの禁書の並ぶ書庫が一階で人通りがない裏庭に面していたので、そこから勝手にお邪魔させてもらっていた。

錬金術師なら錬金術師らしく、ね。焼け跡の残る何もない壁の前で、両手を静かに合わせ壁に手をついた。眩い光とともに、壁は立派な扉へと姿を変えていた。





「今この場をもって、王位を退いてもらう。」


はっきりとした声が、玉座の間で響いた。その場は水を打ったように静まり返っていた。なんだこれ、と思いながらもするりと入り込んだが、私に気が付いた人など誰もいなかった。そっと王、アブマドを覗くと、哀れにも床に転がっていた。そして、運悪く合う眼。


「エンプティ!!!!!!!!」

「げぇ…。」


思わず、顔をゆがめた。一斉に視線は私へと集まった。隣にいた武官が一斉に私を囲むように散った。なんだかことの中心らしい強そうなやつらも、警戒するように私をじっと見ていた。


「お前は言っただろう!!?余のために、身も心も捧げると!!自分には力があり、余のために使いたいと、そういっただろう!!!??」


アブマドは泣きつくようにそう叫んだ。私へと視線を投げかけていた奴らは、怪訝そうに顔をしかめた。そんなアブマドに私はニコリとほほ笑んだ。


「えぇ、申し上げましたとも、王よ。私は”この国”のために身も心も、この力も差し出しましょうと。」


アブマドは希望を見つけたように、口元をゆがめた。あぁ、なんて人間らしい醜い顔だ。


「お前にやるとは一言も言ってない。」


ほほ笑むことで歪めていた視界をもとに戻して、しっかりとアブマドをこの目に映した。彼の表情にははっきりと絶望が浮かんでた。


「な、お前、」

「さあさ、皆さまどうぞお続けてくださいな。部外者の私はこれにて失礼させて頂きましょう。」


そういってニッコリと笑えば、夜色の髪をした彼と目が合った。