W Ungeheuer
シンドリアについてからというものの、バルバッドの当事者たちは傷心しきった様子で王宮で偶然会うこともなかった。王も煌帝国へ向かったことから、特に私や彼らがすることもなく、ただただ休養していた。私は街へ出たり、この王宮で読書をしたり、そんな感じだ。もっと王宮の者と親しくなってこの国の内部まで潜り込むこともできたが、政務官の眼が私を止まらせた。彼は王と同じくらいきれる。彼のまで怪しい動きをしてみろ、一発でアウトだった。
そうして一か月ほどたった。傷心していた彼らは徐々に明るく元気を取り戻していった。彼らの仲間であろう赤髪の女の子も無表情ながら嬉しそうだった。彼女はファナリスという戦闘種族なのだという。シンドバット王の家臣である赤髪の彼もそうだ。なかなか表情が変わらない彼らは兄妹のようだ。そう遠くから見ながら常々思っていた。兄弟か、私の知る兄弟は似ても似つかなかったな。もっとも弟は本当の姿ではなかったけれど。もとの世界のデコボコ兄弟を思い出して少し笑った。そっと暖かな風が私の髪とベールを優しく揺らす。ぼうっとしていた所為で、読んでいた本のページが捲れてしまった。この本は魔法について書かれいる。魔術とは、魔導士とは、ルフとは、そんな定義じみたことをつらつらと並べただけのこの本は、なにも知らない私にはちょうどよかった。しばらくすると、私へ影がさした。ゆっくりと顔を上げるとそこには金髪の彼がいた。そして、金髪の彼は驚いたことに私の知っている人だったのだ。
「……アリババ!?」
「なんで俺の名前、」
金髪の少年はアリババだったのだ。彼は名を呼んだ私を驚き怪しんだ。いや、私が名を呼ばなくても彼は私を怪しんでいただろう。なにせ自分の国の、ましてや王宮に潜んでいたわけのわからない女なのだから。
「…私だよ、アリババ。ベラ、ベロニカだ。」
「え、ベラって、チーシャンで会ったあのベラか!?」
「そうだよ。君にこの国の文字やトラン語を教えてもらった、あの時の無知で非常識だった女だよ。」
「その恰好、っていうか、ええええええ!?」
琥珀色の眼をこれでもかというほど見開いて驚く彼を見て、私は大笑いをした。なんたって彼はこう、真直ぐなのだろう。そんな私を見て彼は少し恥ずかしそうにした。あの時だってそうだ。あの頃はこの分厚い前髪も、顔を隠すベールもなかった。私の目を見て綺麗だとまっすぐに言ってくれた。
「いろいろな国を回って、とても成長したんだ。全部君のお陰だよ、アリババ。」
「そんな、俺は俺ができることしか、」
「…いろいろなことを知っていくうちに、どうして君がトラン語を読めたのか、とても不思議に思っていたんだ。トラン語は誰かに習わないと読めたものじゃないからね。でも、バルバッド国の王子なら納得だ。」
「なんで…なんでベラはバルバッドにいたんだ…?」
「私はどうしても知りたいことがあるんだよ。そのためだったらそれなりに悪いことだってできるくらいにね。」
「ベラ、バルバッドに何を、」
「安心してよ、アリババ。バルバッドで国に関わったことはないよ。ただ、用心棒として王宮に住み着かせてもらっていただけ。幸運だね。私は恩人に仇をなすこともなく、君は私に大事な国を引っ掻き回されることもなかった。」
そういってニッコリと微笑めば、アリババは微妙な顔をしながら笑い返してくれた。
「シンドバッド王に私のことを言う?」
「それは……」
「好きにしていいよ、どうせ私はこの国もしばらくしたら出て行くんだ。君ともお別れなんだから。」
「そうまでして知りたいことって、なんなんだよ?」
「…この世界のことと、魔法についてなんだ。魔法については今すぐにでも知れそうだけど、ちょっと不躾というか、不謹慎というか、とんでもないことを質問したいんだ。だからどうしても人を選ばなきゃならない。質問しただけで魔法で殺されたらたまらないからね。」
「そんなの、シンドバッドさんにかかればすぐにでも、」
「……アリババ、あの男を信用しすぎてはいけないよ。正直にいうと、私はすごくすごく怖いよ。大きく口を開けた怪物の前にいるみたいにね。」