「メリークリスマスですよ、真島さん」
「あァ?ンなもん、とっくに終わっとるやろが」
「ふふ、そうでした」
「サンタのおっちゃんもとっくに家帰って、年末年始の大掃除やら何やらで忙しいっちゅうねん」
「それなら……、今年は大変お世話になりました」
「おう。今年は呆れるほど、なまえちゃんの面倒見たったなァ」

 しみじみと語る真島の今年に、自分の姿はあまりない。互いに多忙な一年を過ごしていたのが理由であり、原因だ。だから、真島の『呆れるほど面倒を見た』という、この一言は淡い願望の表れなのかもしれない。

 一年という時間は、たった十二枚のカレンダーに換算できる。そう思うと、時間の流れはつくづく早く過ぎ去っていくもので、今年一年の振り返り放送は師走の月、年の瀬、年末にばかり押し寄せる。誕生日、記念日、季節のイベント、今年は色んなものが足早に歩いて行ってしまう、そんな寂しい年だった。
 心残りはたくさんある。真島の誕生日をきちんとした形で祝えず、祝電をかけることしか出来なかったこと。忙殺の果てに記念日を祝うことすら叶わず、だが、実際は互いに忘れてしまっていたこと。本当はもっとたくさん顔を会わせて、同じ時間を過ごしたかったこと。

「やっと会えたと思ったら、今年の方が先に終わっちゃうなんて」
「会えへんよりマシやろ」
「真島さんも会いたかったって、受け取ってもいいですか」
「好きにせえ、別に今更照れる歳ちゃうからな」

 アホらし、と吐き捨てる真島は、馴染み深い吉田バッティングセンターの入口にある階段に座っていた。その手には物騒にも、またまた馴染み深い金属バットが握られており、自前と思われるそれは凹凸が激しく、その使用感から日頃から使い込まれているのが見て取れる。
 なまえは日付が変わる三十分前に真島の元を訪れた。今日は今年一年が終わりを告げる最後の日だ。今年もあと三十分しかないぎりぎりのところで、なまえは真島と会うことが出来た。途中に立ち寄ったコンビニの袋をぶら下げ、そこからアルミ缶を二つ取り、自分に一本、真島に一本を押し付ける。そして、どこでも手軽に買える発泡酒のプルタブに指をかければ、炭酸の抜けていく音が聞こえて、すぐに口をつけた。

「お、気が利くやないか」
「メリークリスマス、今年もお疲れ様でしたということで」
「なんやそれ、そない引き摺ってどないすんねん」
「一緒に過ごしたかったんです、出来ればクリスマスも」

 だから、その未練ですかね。とぽろっと零しておいたつもりが、まさかの真島に刺さるところがあったらしく、またアンニュイな顔で何かを考え始めてしまった。沈黙の中で遅れて炭酸の弾ける音が聞こえ、それにつられて再び缶を傾ける。
 バッティングセンターの入口に設けられた階段のお粗末なコンクリートに発泡酒のアルミ缶が一段違いに並ぶ。そんな場所で年明けを待つのは、神室町でもなまえと真島の二人しかいないだろう。

「来年も忙しなるで」
「もう来年の話ですか、」
「せや。俺ももう組長っちゅう物騒な管理職とはおさらばしたんや」
「え、なんですか、それ。その話、私聞いてませんよ……!」
「おお、なまえちゃんには言うとらんかったわ」
「ちょっと、なんで、そんな大切なこと教えてくれなかったんですか……!」

 こちらをちらり、と見た真島は、あ〜……、と言葉を濁したまま、発泡酒を流し込んでパスを出す。早々にパスがやって来たなまえも問い詰めておきながら、何から聞いていいか分からず、とりあえず酒を口にし、数秒ほど間を空けてから再び真島に話しかけた。

「……いつですか、転職したの」
「先週や。たまたま大阪に行く機会があってな、そこでそのまま人集めて、店じまいや言うて」
「その店じまいって……、」
「次は警備会社とか言うとったなァ、」

 一人遠い目をしている真島の横顔に、また缶を傾ける。ごくり、と喉が鳴り、真島の転職話になまえは真島が属する組織の終わりを知った。なんとも呆気ないような、終わり方。名の知れた極道組織にしては、あまりにも呆気ないそれにアルミ缶は徐々に軽くなっていく。

「それじゃあ、真島さんは、もう」
「おう、ただの真島吾朗や。プレミア感も大御所感もない、ただのおっさんや」
「そんなこと、ないです」

 真島の戯れるような言葉を捕まえて否定した。極道の幹部時代から細々とした付き合いの長いなまえからして見れば、プレミア感も大御所感も必要のないものだった。なまえは真島が組織に属している頃から、容易に伝えることの出来ない思いを抱えていた。
 極道の人間に平凡さを求めること。常に危険が付きまとう相手にそれを求めることほど、面倒なことはないだろう。だから、この思いは二度と日の目を見ないと思っていたのに。突然の転職の知らせに、図らずも報われてしまった。

「平凡な真島さんの方が素敵ですから、私にとっては」
「なまえちゃんにしては大きく出たなァ」
「そりゃあ、私の心配事が減りますからね。ありがたい限りです」
「なんや、つれへんのぉ」
「だって、真島さん。私が真島さんのこと好きだって、とっくの昔に知ってるじゃないですか」
「せやなァ、なまえちゃんが俺に、ほの字言うんは知っとったわ」

 ほら。と笑いかければ、ホンマにええ女やなァ、なまえちゃんは。と苦笑いが返ってきた。未来の見えない男にここまでついてきた女を『馬鹿が付くほど一途』とも、『男に泣かされる女の典型』だとも比喩せず、真島は苦笑いを浮かべたまま、なまえを隣に置いていた。

「ホンマに平凡な俺の方がええんか?」
「危ないことをしているよりかは、好きです」
「こう、血に飢えとる様や喧嘩しとる姿にはときめかへんっちゅうんか?」
「そうですね。どちらかと言えば、真島さんの寝顔とか、何かを考えてる顔とかが好きです」
「……なんか逆に小っ恥ずかしなってきたわ」

 手にしたアルミ缶の中身を飲み干した真島はコンビニ袋に潰した缶を戻すと、大きなため息を吐いていた。しかし、不意にこう思う。それは決められた多忙さに落ち込んでいるのではなく、過ぎ去った楽しい日々を思い返しているからだと。
 真島にとって極道とは何だったのだろう。隣に置いてもらったところで、その胸の内全てを知ることはない。時々、日常の合間に零す一言からも真意を読み取ることは出来ない。

「私は正直、どんな真島さんでも好きです。極道やってても、警備会社……の一社員でも」
「ま、ちゃんとした休みくらいは取れるようになるやろ」
「それじゃあ、今度……、」

 あァ?今度、なんやねん。と真島に返されるまで、続きが言えなかった。それじゃあ、今度ご飯に行きましょう。いや、デートしましょう。それでもなく、どこか遊びに行きませんか。思い浮かべた誘い文句のどれも正解に当てはまらない。真島に伝えたいのはそんなつまらないものじゃない。


「今度、一緒に過ごしませんか」

 告白するかのように真島を真っ直ぐに見た。たった一本の安酒じゃ赤くなりもしない男の隻眼を見つめていた。胸が密かに高鳴る。たった一言、それを伝えただけでこんなにも心臓は驚き、慌てているのだ。見つめ返す真島からは、同じ雰囲気は感じられず、正念場に弱い自分のままでぶつかっていく。

「わたし、真島さんと過ごしたいんです。ふたりきりで」

 熱視線の応酬。辺りのざわめきは増していくのに対し、二人の間は沈黙を繰り返してばかりだ。今年が足早に過ぎ去って行こうとしている。新年を迎える前にせめて答えだけは聞いておきたい。ぎゅっと革の鳴る音を聞き、真島の手元を見れば、いつもの革手袋がバットのグリップに擦れていた。

「そない急かさんといてくれや。俺も初めてのことやからな、勝手がわからん」
「期待してますからね、」
「勝手に期待するんはええが、」

 ぐいっと肩に腕を回され、強引に引き寄せられる。鼻と鼻がぶつかりそうなくらいに近い距離で、真島の一つ目が悩ましげに瞬きを逃がす。そして、今まで隠し持っていた牙を剥き出しに、こう囁く。

「今度なんて遠慮せずに、今から一緒に過ごしたらええやろが」

 ホンマ、なまえちゃんは遠慮しいやで。と口元を歪ませて笑う真島に、なまえは心臓の弱いところを掴まれた気分だった。寝顔や何かを考えている顔も好きなのだが、特に真島の口元を歪めた笑みは好きが過ぎて、なまえにとって弱点のようなものだ。

「さっきから真島さんにはどきどきさせられっぱなしです」
「なんや、どきどきしとったんか。可愛ええのう」
「だって、真島さんずるいんですもん」

 そんなに揺さぶってどうするつもりですか。と柄にもないことを言ってから目を逸らした。飲酒のせいでやたらと口が滑る。照れ隠しも取り繕いも間に合わない。

「ずるいやとォ?そらそやろ、俺は釣った魚にはやたら滅多に餌はやらん」
「それじゃあ、逃げちゃいますよ」
「今更、俺から逃げよう言うんか?それはちと考えが甘いなァ、」
「逃げられないって思ってます……?」
「せや、なまえちゃんは逃げるどころか、逃げようなんぞ思わへん」

 俺は今、餌をやろう思っとったとこや。
 なにそれ、ほんとにずるい。と苦し紛れに言ってやれば、ねだられたら話は別や。と悪びれもせずに言い返され、なまえは真島の腕から抜け出す。そして、残っていた酒を飲み干し、ぐしゃっと潰したアルミの缶はコンビニ袋へ。自身は寄りかかるように真島の隣へ。

「あともう少しだけここにいたいです」
「年越しのカウントダウンまでは我慢したる」
「じゃあ、年が明けたら帰りましょう」
「結局は今年もそれなりにええ年やったっちゅうことか」
「そうみたいですね」

 街の通りを行く人は増え、間もなく訪れる新年を待ち侘びているように見える。誰もが足早に駆けて行き、目の前を通り過ぎていく。街に溢れる忙しない雑踏の中で、この二人だけは雑踏に埋もれながら、バッティングセンターの入口で新年を迎えるのだった。



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