「大夢くん!」
神室町のごった返す人の波の中で目立つ人物がいた。一際大きな声で、一際大きな背丈で、一際派手な見た目の彼女は、丁度開けた路地で気だるそうに歩いていた男に駆け寄っていく。上げた手を左右に振りながら、彼女はミルクティーベージュの髪を靡かせる。ミドル丈のブーツから伸びる足は同年代の彼女達のものとは比べ物にならないくらいに長く、それは呼び止められた彼と同じほどの背丈を有していた。ハイウエストのレザーはショートパンツ、オフショルダーのシャツはホワイトでまとめられており、やはり体格の良さが見て取れる。
「やっぱり大夢くんだ、」
「あんなに離れてたのに、よく見つけられたな」
「大夢くん、背大きいでしょ?だから、すぐに見つけちゃった」
「そういうなまえもデケェけどな」
「これは生まれつき。大夢くんも知ってるでしょ」
「まあな。で、どうするよ」
どうしよ、今日いつものとこ相馬さんいる?いや、アイツはいねぇよ。へー、遊び行っちゃおうかなあ。やめとけ。なんで?……迷惑?あそこにゃあ、お前に『キョーミ』あるヤツしかいねぇからな。もしかして、大夢くんそれイヤなかんじ?そりゃあそうだろ、自分の女をそーゆー目で見られたくねぇんだよ。だ、大ちゃん……!
豹柄とトライバルの左腕に絡み付いたなまえはすぐ真横にある強面の顔を見た。大ちゃん、と可愛い呼ばれ方をした阿久津は眉間に皺を寄せ、外だぞ、ここ。と困り顔で告げる。盛れれば盛った分、可愛いのだと施されたメイクがそう反論している。阿久津はそんななまえを押し切ることが出来ず、いつも折れている。見た目にそぐわず、甘い男だった。なまえは強面だろうと自分にだけ甘い阿久津が好きだった。愚痴をこぼしながらも、自分の為に時間を割いてくれる阿久津が好きだった。まるで自分をお姫様のように扱ってくれる阿久津大夢が、心の底から大好きなのだ。
「どうしよ、めっちゃすき」
「なんだよ、今更か」
「ううん、そんなことない」
「お前のそういうとこが可愛いよなあ」
長身の二人が通りのど真ん中を悠々自適に仲良く歩いていると、人の波を割って二人の目の前に現れる男達がいた。阿久津となまえはその男達の顔を見て、お互いに目配せをしている。阿久津に至っては密かに溜め息を吐いており、彼らの登場は良い知らせではないのだと一足先に気付いていた。
「阿久津さん……!」
「なに、どうした」
「すんません、例の件なんですけど」
「れいのけん?」
「あー、なまえちゃんはお口チャックしてな」
「はーい」
なまえは内心、男達に阿久津を取られたことで退屈さを覚えていたが、それを表に出すことはしなかった。安い感情で相手を振り回してしまうなんてことは、なまえ自身が嫌だと思っていたからだ。なまえは小ぶりなショルダーバッグから携帯を取り出すと、鏡面フィルムの画面で自分の出来栄えを確認していた。しかし、時折ちらりと視線を阿久津に逃がし、大柄な背中を見てアンニュイな溜め息を吐く。
ギラギラとした輝きを放つ阿久津はどこを見ても完璧の二文字で綺麗に収まってしまう。太い首筋も、筋骨隆々とした体型も、綺麗にブリーチされた金髪も、左半身に刻まれているトライバルのタトゥーも。さらに言えば、少し伸びて来た金髪の根元から見える黒髪も、だ。瞳のハイライトはハートマークそのもので、ゆくゆくは……と楽しい未来しか勝たないようだった。
しかし、幸せな未来図にのめり込んでいると、突如として現実に引き戻される。阿久津に待つようにと言われた、ちょっぴりつまらない現実だ。怒声がその場に響いては空気を白けさせていた。呆れた眼差しを向けているのが阿久津で、その視線に苛立っているのが先程の男達だった。しっかりと話を聞いてはいなかったが、自分達のピンチを助けてもらえないことに腹を立てているのだろう。よくある話だ、相手がRKの幹部である阿久津にとっては。なまえは阿久津の振る舞いに口を挟むことはなかった。ただ言われた通り、唇のジッパーを閉ざして、一部始終を見ているだけだった。可愛いとギラギラで飾り立てた指先でミルクティーの髪を巻き付け、ただ待っている。
だが、男達の束縛は終わらない。不穏な空気が辺りに漂い始め、周囲の人間達も不審な目をこちらに向けている。居心地の悪さがエスカレートしていく。ただでさえ、この見た目だ。煙たがられるのは慣れているが、ジロジロと見られるのはあまり好きではなかった。それを察したのが、阿久津だった。なまえが大人しく自分を待っているだけでなく、男達の長話のせいで我慢を強いられていると知った途端、阿久津は踵を返し、なまえの方へ戻って行く。
「ほら、行くぞ」
「もういいの?」
「やらかしたのはアイツらだ、俺が尻拭いしてやる必要なんかねぇよ」
「やった!ねぇ、甘いもの食べに行こうよ」
「そういや、最近オープンしたての店があったなぁ」
再び左腕に絡まり、通りを歩いていく。やっと阿久津との大切な時間が始まるのだと浮かれていたなまえに近付いた影は、あの男達だった。手にはどこかで拾ったビール瓶を握り締め、脳天目がけて振り下ろす。鈍い音と砕け散る音、ビール瓶を振り下ろされたミルクティーの彼女は振り返り、きょとんとしていた。頭や額からは血の一滴もこぼれ落ちていない。男達は面食らった。普通の人間であるならば、気を失ってもおかしくない一撃だったからだ。なまえは自分に起こった出来事に気付くと、不機嫌な顔で阿久津の元から離れてすぐ。
「あっぶないでしょ!大夢くんに当たってたら、絶対に許さないんだからね……!」
刹那、男は自分の左頬に衝撃が走ったことを知る。軽い平手打ちだった。だが、軽いとは真逆のように男はその衝撃に立っていられず、体ごと吹き飛ばされていた。そして、吹き飛ばされた先で気を失っているようだった。わずか数秒、呆気にとられていた残りの男達は刃物を取り出すと、なまえに向かって駆け出す。鋭く尖った切っ先が皮膚を裂くのが先だった。先だったくせに欠けたのは粗末な刃物の方で、なまえはけろっとした顔で阿久津を見た。
「あ〜……、知らねぇんだろうよ」
「そういうこと?だったら、サイテー」
刃物でどうにかしようって考え、きらいなんだよね。と遂に不機嫌さが表情に出たなまえは、もう一発、二発と残りの男達の顔面を捉えて平手打ちを放つ。面白いように吹き飛んでいく体に目もくれず、なまえは阿久津の傍に落ち着く。
「大夢くん、大丈夫?さっきのでケガとかしてない?」
「俺のことよりなまえだ。お前は大丈夫なのかよ」
「うん、丈夫なのが取り柄だから。傷ひとつ、この体にはついてないよ」
ママが丈夫に産んでくれたおかげ!と屈託のない笑顔で返せば、アイツらにはもう少し教育してやらねぇとなあ。と阿久津は後頭部を掻く。それじゃあ、お出かけも中止かな……?と問いかければ、ばーか、何で俺がなまえよりアイツらを選ぶんだよ。となまえの腰に巻き付く腕があった。
「行くんだろ、甘いもん食いに」
「い、いいの……?!」
「俺んところのが迷惑かけたからな」
「……そういうのなら、いい。遠慮しとく」
なまえは義理人情の為だけのやり取りが苦手だった。助けてもらったから、いつも世話になっているから、迷惑ばかりかけているから。感謝されること自体は嫌いではない。だが、相手が申し訳なさそうに、感謝の気持ちを見せようと無理している姿を見るのが嫌なのだ。自分がよく出来た人間だなどと思わない、ヒーローでもなければヒロインでもない。ただ、自分の気持ちに素直に生きていたい、それだけだった。傍から見れば、それは自由奔放のそれと何ら変わりないのだが、阿久津はなまえの言葉にそれを思い出す。
「違ぇな、俺がなまえと一緒に居たいからだよ」
「いいよ、そういうのも。あたし、苦手だから」
「なあ、早とちりすんなよ。忘れたか?俺が、」
腕っぷしの強いなまえにベタ惚れだってこと。
阿久津の言う通り、みょうじなまえは腕っぷしの強い人間だった。女性でありながら、恵まれた体格は成人男性である阿久津と同じくらいの背丈を有している。それだけに留まらず、先程の一撃からも分かるように驚異的な怪力と刃物さえ通さない肌を持つ彼女は、ただの人間ではない。勿論、からくりがある。しかし、決して他者には理解出来ないだろう、血のからくりが。
みょうじなまえの血筋は彼女の父から受け継いだものである。母は変哲もないただの人間で、その二人の出会いが今のなまえを形成している。太古の血筋は歴史を物語る。かつて、人より巨大で強力な能力を有する存在がいた。彼らはある戦いで大いに活躍した、巨人の民だった。なまえはその体に巨人の血を受け継いでいるからこそ、あのような奇跡にも近しいことが起きたのだ。
だが、一般平均よりも高い背丈、握力などの高すぎる身体能力に彼女は悩まされ続けていた。いつだって悪意なき悪意に晒され、まるで奇々怪々を見るような眼差しを向ける周囲から逃れようと神室町を訪れ、阿久津との出会いを果たしたのだ。阿久津大夢だけはなまえを奇妙な目で見ることをしなかった。その理由は過去に、タイプだったから。と聞いている。しかし、その言葉に甘えてはいられず、自分の正体を明かせば、そりゃあ、俺のタイプなワケだ。と余計に惚れ込まれてしまった。そして、見た目とは裏腹に一途な阿久津の姿に、次第になまえも惹かれるようになっていった。
「あの、ね、」
「ああ?」
「あたし、大夢くんのこと好きだよ。そうやって、あたしの嫌いなことも理解してくれてるし、」
だから、その、えっと、いつか。……いつか、一緒になってくれる……?こんな、あたし、でも。
そう口にしたところで、なまえは阿久津を見た。恐る恐る見た光景の中で、阿久津は面食らったような顔のまま固まっていた。腰に置かれた大きな手のひらから熱を感じている。だが、いつまでも面食らった顔をしてはいなかった。自分達にしか分からない間に、阿久津は真面目な顔で応えてみせた。
「ばーか、変な心配すんなよ」
「大夢くん……」
「前から言ってんだろ、俺のタイプだって」
「うん、でも、」
じゃあ、もう話はおしまいだ。急がねぇと店が混む。
阿久津に連れられるがまま、なまえは通りを後にする。問いたいことは山のようにあった。だが、どうしてこんな時に限って、何も言えなくなってしまうのだろう。注ぎ込まれた優しさを飲み干すのに必死だ。満たされていく内情を宥めることに必死だ。息が詰まるほどの溺愛に、なまえはやっとの思いで息継ぎをしていた。その際に吐き出されたのが、
「ありがと。だいすき」
という乙女めいたなまえの本心だった。阿久津もどこか照れ臭そうに笑うと、誤魔化すようになまえの臀部を撫でる。すると、触られることに慣れているはずのなまえが、大夢くんのえっち!と顔を真っ赤にするのだった。
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