「なんだよ、この間降ったばっかだってのに」
「昨日とか寒かったですもんね」
「そんで、何で雪の日にはいつもお前がいんだよ」
「東さん、お店寒いです」
「うるせぇ、この毛布でも被ってろ」

 ばすん、と投げ付けられた毛布にくるまり、なまえは顔だけ出して東を見た。今日もまたなまえと東はシャルルにおり、それぞれ椅子に腰掛けては薄ら寒い室内で会話をしていた。毛布にくるまってみて思うのだが、この季節に東の胸元を開けた格好は寒くないのだろうか。それなりに冷えた指先で首筋に触れてみると、ひいっ、と情けない悲鳴が聞こえて来たかと思えば、すぐに頭の上に硬いげんこつが落ちてきた。

「……い、いたいですよ、東さん!」
「ばっ、馬鹿野郎!お前が先に手ェ出してきたんだろうが……!」

 痛みに頭を押さえるなまえ、なまえの冷たい指先に寒気が背筋を走っていった東の他にシャルルには誰の姿もなかった。外は相変わらずつらつらと雪が降っており、その冷え込みが店内にまで流れ込んで来ているようだった。朝から降る雪に遊びに来る客は居ないだろうと踏んでいたのだが、意外なことになまえは何食わぬ顔で傘を片手に来店してきた。

「でも、もうちょっと手加減してくれてもいいのに」
「それは、……悪かった。咄嗟のことでよ」
「これで私のゲームの腕が鈍ったら、東さんに責任とってもらいますからね」
「ゲームの腕も何も、お前ウチのゲーム何一つクリアしたことねぇだろう」
「うっ、」

 なまえは東の正論と視線から逃れるように毛布を頭から被り、静かに背を向ける。不貞腐れるんじゃねえ。と毛布越しに頭をぽんぽんと叩かれたかと思えば、今度はぐりぐりと円を描くように撫で回されていた。……わ、私だって牧場経営系とか無人島開拓系とかは得意だもん。総プレイ時間、とんでもないんだから。とぶつぶつと愚痴り出し、本気でまずいと思った東は本腰を入れて謝っていた。すると、くるりと振り返ったなまえが潤んでいるように見える黒目で東のことを黙って見つめていた。

「あ〜……、俺ぁ今のゲームに疎くてな」
「確かにここはレトロゲーム専門ですもんね」
「まあ、だからと言っちゃあ何だがよ」

 一つ、持ってけよ。好きなもん、都合してやる。とカウンター内から鍵の束を手に、東は店の入り口を指差した。レトロなゲーセンでも、お前の趣味に合うもんはあるからな。東の言葉に数秒遅れてなまえがぽかんと口を開く。そして、雛鳥のようにとことこと東の後に続いては、店内の入り口にあるカプセルトイの前で足を止めた。

「あ?お前、こっちで良いのか?」
「……イカ。イカ以外、ありえないです」
「お前、寿司でもイカ好きだもんな」
「東さんがアボカド食べれるとは知りませんでした」
「何でもかんでも、まずは食ってみりゃあいいんだ」

 数ある鍵の束から一本を探り当て、東はカプセルトイ本体の天蓋を外し、中のカプセルをいくつか手に取った。そしてその小さなカプセルを覗き込み、なまえの目当てであるイカを探す。カレイ、カジキ、ハゼ、ハゼ、シーラカンス、カニ……と東からなまえへ手渡される個数が増えてきたところで、僅かばかり静寂が流れた。その間、東は中を覗いたまま手を動かさず。それを見ていたなまえも両手いっぱいにカプセルを抱えたまま黙っていた。
 すると、突然なまえに抱えているカプセルを戻すように言い出し、東は次の本体の天蓋を外して中を漁っては次を繰り返していた。十二ある本体全てを確認したが、なまえ目当てのイカが入ったカプセルは一つも見つけられなかった。元は不貞腐れたなまえの機嫌を直したいが為のものだったのに、いざ開けてみればイカだけない。こんな時にそんなことがあるのだろうか。

「まあ、みんな欲しがってたんじゃねえか?イカ」
「……東さんっ、」
「わかった、わかった……!じゃあ、俺のイチオシで我慢してくれ」
「……これは?」
「カジキだ」
「カジキ」

 俺はカジキも好きだからな。おいしいですもんね。よし、今度食いに行くか。いいんですか……!おう、なまえにアボカド食わせてぇからな。じゃあ、空いてる日あとで連絡しますね。
 なまえの手には東がイチオシだと言う、カジキが封入されたカプセルが乗せられていた。白地のボディに赤と黒のダイヤ柄でデコレーションされており、これも可愛いかもと密かに顔を綻ばせた。綻ぶ横顔に東ももう一度、なまえの頭に手を置くと、今度は優しく撫で付けた。


「そういや、今日はちゃんと帰れんのか」
「ふふ、この間はこの間で楽しかったですけど」
「今日もまた泊めろって言うんじゃねぇだろうな?」
「大丈夫ですよ。私、最近こっち方面に引っ越してきたので」
「……そりゃあ、マジか?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
「ああ、聞いてねぇぞ。一言言ってくれりゃあ、引越し祝い持ってったのによ」
「あ、」
「あ?」
「そっか、あの時八神さんに手伝ってもらったから、東さんに言ってなかったんだ」

 再び流れる静寂になまえは東を見た。そこには目を見開いて、言葉を失っていた東の姿があった。ひ、東さん……?とジャケットの裾をちょいちょいと引っ張ってみたが、特に変化はなく、無口なままだ。

「お前、一人暮らしだったよな」
「はい。同棲するような予定もなく」
「それで、八神は上がったのか」
「ええ、家具とか部屋に運んでくれたので」
「それ以外で男は上がってねぇんだろうな」
「えっと、はい。そうですね」

 そもそも上げるような人、周りにいないので。と頷いたなまえに詰め寄った東はいつにも増して凄い剣幕でこう言った。

「いいか、八神だって男だ。年頃の女の家に上がったら何するか分かんねぇんだ」
「や、八神さんはそんな人じゃないですよ……!」
「いいや、俺だって同じ男だ。野郎の考えてることぐらい読める」
「もしかして、教えなかったの気にしてます……?」
「……別に、そういう訳じゃねえ」

 今度は東がなまえの視線から顔を逸らした。流れる沈黙に耐えられなくなったなまえは、まだ新居に遊びに来た人はいないと言い、今度良ければ。と告げてようやく、そこまで言うなら仕方ねえ。と東はこちらに視線を戻した。しかし、気まずさを感じているようでそそくさとカプセルトイコーナーから離れると、カウンターで懐を漁り出した。なまえも東から貰ったカプセルを大切に持ったまま、自分が腰掛けていた椅子に座る。

「雪、積もりますかね」
「どうだかな、」
「そう言えば、今日はお店お休みにしなかったんですね」
「本当は休みのつもりだった。でも、お前みてぇなヤツが来るかもしれねえと思ってな」
「じゃあ、今から閉めません?」
「なんだよ、急に」

 ここより暖かい場所を知ってるので。しかも、近場で。あ?そんな場所、あったか?ふふ、東さんが来たがってる場所ですよ。お前なあ……。
 なまえの企みを察した東は、ばつが悪そうに手にした煙草を懐に戻し、数分だけ待ってろ。と言いつけ、また鍵束を手にした。


「東さんって今日、傘もって来ました?」
「いや、たまたま降ってねえ時間に店に着いた」
「でも、今は降ってますよね」
「……悪ぃ、コンビニ寄れるか」

 なんだったら、家まで傘入れてあげますよ。馬鹿、それじゃあ恥ずかしいだろうが。私は恥ずかしくないです。そりゃあ、お前はな。と着々と店内の片付けに取り掛かる東とそれを待つなまえはまた雪の日を共にするのだった。



| 淡雪 |


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