「なあ、この部屋暑いよな」

 彼の落とした影の中で、なまえは頷く。背中には床、正面にはじっとりとした空気に呑まれているだろう海藤がおり、なまえもまたその空気に触発されていた。海藤の考えていることも、自分の考えていることも実は同じであるとわかっている。長い付き合いだ。甘酸っぱいような出来事から不純で淫らなことまで済ませた仲だ。
 彼の艶やかな柄シャツのオレンジが目に刺さる。そこから覗く胸元も、自分の脇腹の傍に置かれた手も、厚みのある唇も、全てが目を伝って体の奥に熱を残していく。普段なら、容易くじゃれ合いに持ち込めたのだろうが、なまえも今は普段と同じ状態ではなかった。暑い、蒸したように体が発熱している。それがうざったいと、気休めにもならない口付けで誤魔化していた。まずは触れるだけ。次に変化を求めて吸いついてみる。最後には舌を割り込ませ、雄と雌の関係に持っていく。

「もう出来上がっちまったか?」

 唇の愛撫を終えれば、体が水気を含むようになった。ぬるり、と口内で絡みついていた舌が引き抜かれ、どちらのとも分からぬ唾液が糸を引く。ぷつり。その糸が切れれば、更に次が待ち構えている。発情も欲情もしていた。二人共、まともな理性を持ち合わせておらず、そのまま行為に及ぼうとしていた。海藤はなまえの煽るような表情が良くないと口にしたが、なまえからすれば海藤の余裕が薄らいでいく表情の方が良くないと思っていた。どちらもまだ手を出していない。衣服を剥ぎ取る指先は海藤の方からやって来た。なまえは自分の理性が立派なものではなかったとつくづく思い知らされる。
 まずは大きな手がセーターの中に潜り込んできた。次に体のラインを服の下でなぞったかと思えば、背中に回されてブラのホックを外される。そして、最後には衣服を胸元まで捲り上げ、うっすらと汗ばんだ体を見て、満足そうに笑うのだ。やっぱり、暑かったんじゃねえか。と嬉しそうに笑い、もう一度唇を重ねる。その間、胸元をまさぐる指先、乳房を強弱つけて揉みしだく手のひら、貪るように深いキスを交わされ、もう引き返せなくなっていた。

「なまえ、腰が少しだけ浮いてんな」
「海藤さんだって、お腹のとこ」
「まあ、俺もまだ若えってことだよ」
「ただえっちなだけじゃなくて?」
「おっ、言うねえ」

 じゃあ、早速えっちなことでもすっかな。と胸元に置かれていた手を、今度は下腹部へと滑らせた。火照った皮膚の上を更に熱っぽい手のひらが撫でつけていき、分厚い指先はジーンズのボタンに行き着いた。そして、ボタンの次はチャックを下げ、ずるずるとジーンズを剥ぎ取ってしまった。下半身が露出すると、辺りにじっとりとした空気が漂う。その気ではあったものの、いざ剥かれてしまうと恥じらう気持ちがある。海藤の視線から逃れるように顔を背ければ、すぐには触れようとせず、胸からゆっくりと降下しながら愛撫していた。
 唇で、手のひらで、指先で、なまえの体を愛おしんでいる。微量の熱が徐々に蓄積されていった。海藤が触れる度に理性が溶けていき、嫌気が差すほど淫らな思考に塗りつぶされていく。スキンシップ、触れ合い、愛情表現。気が触れそうだった。優しければ優しいほど、熱を帯びた体は焦れったくもどかしくなる。海藤さん、と声に出せば、自分でも切羽詰まった切ない鳴き声だと思った。

「……なんだ、我慢出来ねぇか」
「なんか、焦らされてるみたいで」
「焦らしちゃあいねぇよ」
「じゃあ、多分今日の私が、」

 ……それなり、なんだと思います。飢えた唇で鳴く。すると、海藤の笑みから余裕が一枚剥がれ落ちた気がした。手早く上のシャツを脱ぎ捨て、次に腰のベルトを外していく。そして、取り出されたのは反った海藤自身であり、なまえは陰部がより湿っていくのを感じた。『気遣い』の間に募ったもどかしさや焦れったさを払拭するように、なまえの下着を横にずらし、滾った熱を陰部に押し当てた。硬いそれが徐々に肉壁を押し広げていく感覚に、なまえは体を震わせた。何度も何度も溢れそうになるのを堪えていたが、もう抑えられないと口からは嬌声が漏れ出る。体の深い部分が熱でほぐされていた。海藤も時折、小さく呻いては眉間の皺を深くする。

「こんなんなってるなまえは珍しいな」
「……今日だけ、です」
「なら、今日を楽しまねえと」
「……海藤さんの、えっち」
「知らなかったわけじゃねぇだろ」

 中途半端に着衣した状態で、本能を剥き出しにして二人は抱き合っていた。なまえは海藤に組み敷かれたままで、肉付きのいい太腿で脇腹を挟み込んでいる。腰を打ち付けられる度に体は小刻みに揺れ、またその揺れが淫らだと海藤の欲情を煽るのだ。不意に喘ぐ唇を塞ぎたくなった。自分しか彼女の乱れる姿を知らず、自分からしか与えられることのない快楽を享受している。何度、肉壁の隙間を穿とうと彼女の体は心地良い。前屈みで彼女の唇に触れると、下腹部の肉が自身の熱に絡まり付いて離れようとしなかった。
 求めることも、求められることも同等に愛おしく、喜ばしいことだと海藤は余裕のない頭でそう感じていた。より深く、より密に混ざり合っていく。今になって恥らいを覚えたのか、なまえは自身の口元を腕で覆い隠す。それがまた煽情的で、まだ彼女に余裕があるのだと悟った。なら、そんな余裕もなくなるほどの行為に耽りたいと、海藤は自身の影に捕らえた彼女を解放する。そして、弓なりに反る彼女の腰と背中に腕を回すと、ゆっくり体を持ち上げ、自分に跨らせた。

 それは生々しく、しかし、はっきりとした結合の瞬間だった。熱の全てを下腹部の許す限りに飲み込んでしまった体に劣情が煽られたのは海藤だけではなかった。彼女もまた自身の貪欲さに駆られて、快楽を搾取しようとしている。だが、これから先をどうしていいのか分からず、海藤に助けを求めれば、自分で動いてみな。と突き放され、羞恥心に目を閉ざす。海藤も理由もなく突き放したい訳ではなかった。彼女が自分で乱れる姿を見てみたいと思ったが故の発言だ。熱溜りは互いにある、どうせなら二人して欲望のままに果ててみたいのだ。

「たまには趣向を変えるのも悪くねぇだろ」
「で、でも、」
「今日はそういう気分、なんだろ?」

 自身の熱を飲み込んだ彼女の腹部を指の腹で押し付けるように撫でる。わざとらしく刺激して焚き付けてみれば、彼女の内壁は素直に喜んで鳴いていた。なまえはやり場に困った手を海藤の肩に添え、ぎこちなく動き始めた。挿入時の深さが増す体位であることも関係してるのか、ぎこちない動きは何度繰り返そうと要領を得ない。だが、慣れないながらも自身に伝う快楽に呑まれぬよう、懸命に続けてくれる姿には込み上げるものがある。しかし、滅多にない機会だ。海藤はこれで最後となまえをとある行動で煽っていく。
 軽く弾けるような音と衝撃だった。分厚い手のひらで臀部を軽く叩かれた。驚きに海藤を見れば、一人でしてるんじゃねぇんだ、俺のことも考えてくれ。といやらしい笑みを浮かべている。わざと、悪い言葉ばかりを並べているのだと気付いたが、ふやけて溶けた理性が頭の回転を良くしてくれるはずがなく、なまえは海藤に言われた通り行為に耽る。どうすればいいかは動いていく内になんとなくわかるようにはなったが、あんまりにも余裕がない。その点、海藤は余裕のない姿を見て欲情しており、臀部に手を置いたままだ。そして、絶妙なタイミングで臀部の肉を叩く。早く尽くして欲しい、と。

「なんだよ、もうへばってんのか?」
「へばってなんか……、」
「じゃあ、もうちっと頑張んねぇとな」
「……海藤さんは、」

 私で、きもちいいですか……?自分に跨る女は悪い熱に罹っているのに、そう問いかけた。飢えた唇で自分だけが快楽の虜になっているかのような、弱々しい姿に海藤は庇護欲を煽られていた。さっきはああ言ったものの、本当はいつ絶頂を迎えてもおかしくない状況だった。だが、自分の体で乱れている彼女の姿を見ていたいからと必死に歯止めをかけていたのだ。ぎこちなさには自分の望みに応えようとする健気さを痛感させられる。だから、許されるならばもっと深みに嵌ってほしい。

「俺は我慢強い方だからな、勘違いさせちまったかもしれねぇ」
「かいとう、さ、」

 ぬるり、と口内で熱が絡まり合う。舌先の愛撫中になまえは海藤の空いている手を自身の乳房へと押し当てる。快楽を貪り食らう準備が出来たと言わんばかりになまえは肌が触れ合う回数を増やしていった。唇や手、乳房、臀部に陰部も何度だって触れ合わせる。上下に揺れる体、汗ばむ体を掴んで離さない体。ここまでしておいて、彼女の体が快楽より遠い存在のものであるはずが無い。何度も囁く。すると、体に異変が起き始める。海藤の上にあるなまえの体だ。
 そわそわとして落ち着きのない、しかし、腰つきは切羽詰まっており、海藤自身を締め付けてばかりいる。そろそろか、と訊ねれば、素直に頷いて見せる彼女に、海藤はどうして欲しい?と投げかけた。すると、上擦った声で先程のように腹部を撫でて欲しいのだと答えた。彼女の望み通りに海藤は手のひらで、自分の熱を咥え込んでいる腹部を撫でた。強弱をつけて撫でると、彼女からはじわじわと熱が溢れて滴り落ちた。指でぐっと腹部を押し付けるように触れていく。

 すっかり快楽に骨抜きにされたなまえは、海藤に寄りかかるようにして体を預ける。呼吸も荒く単発的になってきた。彼女ももう限界を迎えている。ぎこちなかった動きは一定の感覚で海藤から得られる快感を搾取していた。だが、その後間もなく絶頂を迎えたなまえは体をビクビクと痙攣させ、弾けた余韻に浸っている。そして、海藤も間近にある絶頂に触発され、快楽の中を漂っているなまえの後を追うように熱を扱けばすぐ弾けた。ぎゅっと体を抱き締め、最奥で果てる。強過ぎる吐精の快楽に意識が飛びそうになりながら、波が収まるのを待つ。
 二人は繋ぎ止められたままで余韻に沈んでいた。甘い痺れが体を支配し、互いに荒々しい呼吸を繰り返す。彼女が海藤の名を呼んだところで行為の終わりを悟り、弾けた熱を引き抜くと、彼女からは名残惜しそうに聞こえる嬌声が漏れ、だらり、と脱力する体にまた欲情の気が煽られる。へばった体は自分に寄りかかっており、まだ重なっていたいと背中に手を回す。

「どうする、もう一回やるか?」
「わたし、そんな余裕ないです、」
「俺だって余裕なんざねぇさ」

 でも、いい女を前にすると、どうしてか抱きたくなるもんだ。……海藤さんがしたいなら、付き合います。なら、少し休んでからにするか。
 ぐったりとした体でなまえはぽつりと呟いた。わたしだって、海藤さんとだったら、……何回してもいやじゃないです。その言葉を聞いてしまった以上、海藤は本能的でいることを選ぶ他になく、なまえも今よりも更に満たされたいと底なしの欲望を覗かせるのだった。この部屋の熱気は冷めることを知らない。



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