春日一番と気晴らしに飲みに行く
乾杯〜!と賑やかな声があちこちから聞こえてくるここは神室町のとある居酒屋。店内は満員のようで、その中に二人きりのささやかな飲み会が開かれているテーブルがある。お互いが向き合っている席には男女が一組。既にテーブルには所狭しと皿が並べられており、ジョッキとグラスを手にしているところだった。男の方はやけに嬉しそうで、女の方も顔を綻ばせて笑っている。そして、どちらともなくジョッキとグラスを軽く合わせ、その中身を一口流し込む。
「か〜〜っ!やっぱ、うめえな!」
「ふふ、お疲れ様です。春日さん」
「おう。なまえちゃんと飲むのも久しぶりだよなあ」
「最近、お互いに忙しくて全然でしたもんね」
「俺ぁ忙しかねえけどよ、なまえちゃんは仕事があるからな」
「ほんっとに今日を楽しみに仕事してましたからね……!」
「おっ、そりゃあ嬉しいねえ」
女はみょうじなまえと言い、目の前にいる赤いスーツに身を包んだ男、春日一番と親しい関係にあった。元は彼の仲間である瀬戸真弓の友人であったなまえが、神室町でトラブルに巻き込まれたところを春日に救われており、それから今日まで親交が続いていた。勿論、春日以外の仲間である人物達とも親交は深めていたのだが、春日だけはその中でも特に親しい間柄になっていた。
「でもよ、仕事帰りにいいのかよ?明日も仕事じゃねぇのか?」
「明日はお休み取ってあるんです、へへ」
「なるほどな。じゃあ、今日は好きなだけ付き合うぜ」
「頼もしいなあ」
「大人になると、こういうのが大事だったりするんだよ」
「そう言って、いっぱいお酒飲みたいだけでしょ」
「へっ、バレたか」
少年のように屈託のない笑顔でジョッキを煽る春日に、なまえは心底楽しんでいた。ここ最近は何かと忙しく、気の知れた友人達とも中々会えずにいた。丁度、世の中も別件で慌ただしくしており、この数年で人との距離を強く意識する時間が増えた。けれど、世間も少しずつ互いの距離を見直すようになり、こうして居酒屋にふらっと立ち寄って、空いている席に通されても、抵抗を感じることなく飲みに興じている。
「もっと早くに声かけられたらよかったんですけど、」
「まあ、いいって。なまえちゃんは立派な社会人なんだ、時間に都合がつかねえことぐらいわかる」
「……実はこの間、真弓ちゃんとご飯に行ったんです」
「おう、真弓とか!何食いに行ったんだよ?」
「最近、話題になってる喫茶店に。それで、昨日は辻くんとばったりゲームセンターで会って」
それから、なまえは辻とゲームセンターでばったりと出会い、そのまま遊び明かした日。秋山とはメッセージで連絡をとっているからか、社会人の悩みを聞いてもらったりする日。生活用品を買いに出掛けた先で、丁度休日で同じ目的でスーパーに来ていた北村と買い物をした日。夕食を作る気になれないからと、外食で済ませようとしてスマイルバーガーでミツの隣に通された日。それら全てを春日に打ち明けた。春日は手にしていたジョッキを片時も離せないらしく、まるで石のように硬直したまま話を聞いていた。
「な、なんだよ、それじゃあ俺だけなまえちゃんに会えなかったってことか?!」
「そうみたいです。へへ」
「……まさかだったぜ、あの北村もなまえちゃんに会ってたとは、」
「で、でも、私、春日さんのこと、とっておきにしておいたんです……!」
「とっておき……?」
「はい。……その、本当にたくさん頑張った後に、ご飯に誘おうって」
どこか恥じらうような、照れているような顔をしているなまえに、春日は硬直が解けたのか、手にしていたジョッキを三度傾けた。どういう意味だ、そりゃあ。と何気なく口にしてから気付く。いつの間にかなまえの顔が赤くなっていたことに。露骨に赤くなるものだから、春日も慌てて口の中の酒を飲み込み、悪い、変なこと聞いちまった!と場を取り繕う。すると、なまえは首を横に振り、誰よりも会いたかった人でしたから。と周囲のざわめきに呑まれないくらいの声量で答えた。
それから、なまえも久しぶりにグラスを傾け、テーブルに並べられた内の焼き鳥の盛られた皿に手を伸ばした。ホクホクとしたネギの自然な甘みと一口大で食べ応えのある鶏肉。そして、次が欲しくなるほどに良い塩梅の甘辛いタレ。火に炙られたことで香ばしさの増すそれは、一本を食べ始めると後は止まることを知らず。すると、それを見ていた春日も、近くの串を一本手に取り、焼き鳥にかぶりつく。
「春日さんにしか話せないこととかありますし、」
「真弓や秋山にも言えないことか?」
「だって、聞いてって言ったら、本当に何でも聞いてくれるでしょう?」
「まあな。そういうの嫌いじゃないぜ。ソイツの頑張りだとか、踏ん張ってる様っつうのか?それが見えてきて面白えんだよ」
「どんなに仲良くても言えないことってありますよ。特に嫌な話とか愚痴なんてのは、ね」
「確かにそうだよなあ」
「だから、全部話して楽しく飲みたい時は春日さんとって決めてたんです」
だから、今日は帰らせませんよ。春日さん。おう、どんとかかって来い。どこまでも付き合ってやろうじゃねぇの。二次会、三次会だってしちゃうかもですよ。いいじゃねえか、延長戦だろ?
強気、時々、引き。春日はどのような戯れも全て拾ってくれる。甘えたい気持ちも、頼りたい気持ちも、全部受け止めてくれる。それをずっと求めていた気がした。疲労するばかりの毎日に、頑張った暁にどうしても欲しかったものだった。旨味も、空気感も、喜びも、噛み締めるもの全てに心地良さがある。それがまた嬉しいからとグラスの酒を含む。サワー特有の甘過ぎない爽やかさと後味のちょっとした苦味が、美味しいと感じられた。
色々、あった。会わぬ内に変わったこと、会わぬ内に知ったこと、会わぬ内に感じたこと、会わぬ内に覚えたこと。毎日は地道な積み重ねで、一日でもそれを怠ることは無い。だからこそ、ふと立ち止まった時に疲労してしまうのだろう。そして、積み重ねたものを振り返ることが苦手な生き物だから、自分の中に何かを求めてしまう。自分が自分である為に誰かと関わり合い、自分を確かめている。自分がそうしてしまったのなら、相手にもそうであって欲しい。でなければ、生きる誰もがその窮屈さに息が詰まってしまう気がした。
「勿論、春日さんの話もたくさん聞きますからね」
「お、俺の話だぁ?」
「私とは違う生活してますからね、興味もありますし、」
「そりゃあ、面白ぇ話も中にはあるだろうが、後はアレだぞ?」
「アレ、って?」
「まだなまえちゃんには早えっつうか、」
こういう所なのだ。春日一番と言う男は人の関心を引く言い回しや行動をする。恐らくは本当に話題に上げづらいタイプの話なのだろうが、それはそれで聞いてみたい。ちょっかいをかけるだけかけておいて、いざ秘密だなんて人が悪いではないか。
「聞きたいです、私」
「マジか」
「だって、春日さんが気になるようなこと言うから」
「で、でもよ、なまえちゃん引いちまうかもしんねーんだぞ」
「引きません、約束します」
「……言ったからな、や、約束もしたからな?」
ち、ちなみに、言いづらい内容なら、別にここじゃなくても。先に予防線を張る。すると、春日もその言葉が意外かつ救いだったようで、確かに、そうだな。と頷き、残り僅かなジョッキの酒を飲み干した。些細な一言で先程までの雰囲気とは打って変わり、何故だか妙な気まずさに包まれている。何故?どうして?空っぽのジョッキに口をつけている春日に、なまえは吹き出す。
「さっき、めいっぱい飲み干してましたよ、……か、春日さん、ふふ……」
「お、おお、マジか……、ぷっ、」
まじまじと自分の片手に握られている空のジョッキに目をやると、春日は釣られて笑い出す。二人して肩を震わせてケラケラ笑っていると、自分達もようやくこの店の賑やかさの一つになれたようで、それもまた嬉しく感じられた。
「人目を気にする話なら、次のお店は個室とかがいいですかね?」
「早速、二次会の話か。やっぱ、今日のなまえちゃんはいつもと違うねえ」
「ふふ、さっきのイチさんの話、聞きたいですから」
「……ん?なまえちゃん、今なんつった?」
「え?えっと、イチさんって……」
あ、と声を漏らしたのと同時に自然と口元に手を当てたなまえは黙り込んだものの、その狼狽えている様子と次第に赤くなっていく頬に、春日も後から赤くなる。急に酔いが回ったのではない。なまえの反応は理性的だったからだ。だからこそ、ぽろっと零した本音に自身で驚き、口を噤んで狼狽えているのだ。そして、気を落ち着けようとグラスを手に取り、中身を煽るように飲んだなまえは手を挙げ、次のグラスを注文していた。春日も空っぽのジョッキを持ち上げ、お、俺も頼むわ!と急いで注文を済ませる。
「今の、変な意味ありませんから、」
「滅多にそう呼ばれねえからな、少し驚いちまったが、」
「あの、」
「なまえちゃんの好きにしてくれ」
「……いいんですか、」
「今思えば、俺だって馴れ馴れしくなまえちゃんって呼んでんだ。お互い様だろ?」
いや、俺のは違うか……?と手持ち無沙汰の手で考え込む春日に、だ、大丈夫です!全然、気にしてませんから……!となまえがフォローを入れる。ぎこちない雰囲気の中、店員が運んできたハイボールとビールを受け取った二人はそれらを片手に互いを見た。
「……もう一回、いっとくか?」
「そうですね、じゃあ、」
乾杯。と二度目は大人しくジョッキ同士がぶつかる。飲もうぜ、なまえちゃん。今日はとことん付き合ってくれるんですよね、……イチさん。と控えめなまま、大胆を口にするなまえにガツンと酔いが回ったような気がした。それを悟られまいと懐に手を伸ばすと、こんな時に限って煙草を切らしていたことに気付く。上手くやり過ごす術をなくした春日に出来ることは、この口寂しさの埋め方を知ってはならないことだけだ。
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