「首を探して欲しいんです」
郊外にある、大きく何処か寂しげな屋敷に到着してすぐに彼女はそう言った。どうしてそんな突飛なことを言うのか。それが今回の真の依頼なのか。彼女の顔を隠す帽子のベール下に、本当に首から上が無いのか。いや、そもそも探す首とは彼女のものなのだろうか。もしかしたら、近親者や恋人といった身近な相手かもしれない。刹那として、様々な疑問が駆け巡った。しかし、不思議なことに嫌とは言えず、どこか納得すらしていた。何故、自分の元に彼女が訪れ、『なくしたものを探して欲しい』と依頼してきたのか。分かっていたような、気がする。恐らく彼女は、自分と同年代の人間なのだろうと。
「この屋敷の何処かにあると思うのですが、私ひとりでは上手く探せなくて」
まずは彼女との出会いについて、語るべきかもしれない。自分と九十九は東京の神室町を離れ、神奈川の横浜に拠点を移し、探偵業を営んでいる。それはひとえに、神室町の名のある探偵のおかげだった。彼の活躍が自分の人生において、探偵業に就くきっかけとなったのだ。しかし、新天地、余所者である自分達を街の住人はどこか警戒しているようで、対した客の入りが見込めずにいた。そんな矢先に記念すべき一人目の客として、彼女が現れた。身なりの良い女性と言う印象が強く、白のフォーマルなワンピースは彼女が清らかな人間であると主張しているように見えた。今まで目にしてきた人間の中で、彼女ほど上品な相手はいなかったように思う。
みょうじなまえ、依頼者の名前はやはりどこか聞こえのいい文字をあしらわれた丁寧な氏名で綴られた。しかし、彼女には一つ奇妙な点があった。それは彼女の顔が全く見えないことだ。被った帽子の下からは長く薄いベールが、彼女の顔を包み隠している。だが、彼女自身も素性についてはあまり語らないようで、無理強いをするつもりはないと弁解すると、安心したような様子だった。身分を明かせない依頼者、と言うのは一定数いる。わざわざ街の、しがない探偵に依頼することなど大抵は明るみに出せないものばかりだからだ。不倫の調査、証拠集め、素性調査、尾行に張り込み、とあまり褒められないものばかりだ。そのような相手に彼女は、
「なくしたものを探して欲しいんです」
「ほほう、つまりは遺失物の捜索を依頼したいのですな?」
「ええ。どうしても見つけられなくて困っているんです」
「何か手掛かりとかは?こっちとしてはヒントの一つくらいは欲しいね」
「あります。ただ、私の屋敷に置いてきてしまって」
「……屋敷?」
つい、九十九と顔を見合わせてしまった。どう考えても裕福な家の出身でなければ、発言出来ないワードだったからだ。この時、自分達の間で彼女の依頼を受けるかどうかがはっきりと決まった瞬間だった。それから、彼女の屋敷での調査が始まる運びとなり、今日ついに彼女の屋敷へとやって来たのだ。そして、冒頭の彼女の発言に戻る。
***
「く、首だって?……ねえ、本気で言ってんの」
「探さないといけないんです。見つけないと、いつまで経っても……」
「なくしたもの、ねえ。物は言い様ってことだね」
「今更になりますが、受けていただけますか?」
「多分、かなり根掘り葉掘り聞くことになるけど、なまえさんは構わないんだよね?」
「はい。ご協力いたします」
彼女の言葉に反応するように、その屋敷の扉が開いた。背筋に冷たいものが走る。彼女は開いた扉の虚空の前に佇んでおり、表情を遮るベール越しにこちらを見つめていた。悲痛な沈黙を訴えているような気がして、もう後に引けない。
「いいよ、僕らで受ける。それに、なまえさんが初めてのお客さんだからね」
それでは、お上がりください。と彼女に連れられるがままに、ぽっかりと大きな口を開いた扉の虚空に誘われていく。中に入ると、やけに広いエントランスに出迎えられた。あまり豪勢ではないインテリアに好印象を抱きつつも、僅かに寂しさを感じるのは出迎える人間が彼女の他に居ないからだろうか。
「この広い屋敷に、なまえさん一人で?」
「ごめんなさいね、本当ならしっかりと迎えるべきなんでしょうけど、」
「仕事を貰えるだけで探偵は充分。豪華な出迎えなんて堅苦しいだけだから」
「ふふ。なら、丁度いいのかしら」
ささやかに肩を揺らして笑う彼女の背中に、目が離せなかった。寂しげな屋敷に似合わない人だと思えた。何故、彼女はこの屋敷で暮らしているのだろう。親から相続したと言うのが真っ当な理由だが、声や振る舞いからするに彼女はとても若いように感じられた。それこそ、自分とあまり違わないくらいの、女性だ。
エントランスを抜け、二階へと通される。そして、数ある部屋の内の一つで足を止めた。彼女は自分の先を行っていたが、何故かその部屋の扉の前では中々手を伸ばせずにいた。どうしたのか、と尋ねると、すみません。開けてもらえませんか。と苦しげな声で頼まれては断れなかった。たかが扉を開けるだけなのだ、そんなことは造作もない。彼女の代わりに扉を開けると、その先には白を基調としたインテリアでまとめられた部屋があった。
「ここは大切な部屋なんです」
「そんな部屋に通してもらっていいのかな」
「大丈夫です。ここでないとお話出来ない事ですので」
「じゃあ、入ろうか」
小さく頷いた彼女より先に室内に入ると、生活感の無さに違和感を覚えるほどだった。まるで今まで誰も使ってこなかったかのように、使用感が微塵もない。彼女はこの屋敷に暮らしていて、この部屋だって当然使っているはずなのに、妙な違和感を払拭出来ない。すると、こちらの訝しげな様子に気付いたのか、彼女は一人用の椅子に腰掛け、口を開いた。
「ここは妹の部屋でした」
「妹さんの、部屋。なるほどね、だから綺麗にされたままなんだ」
「ええ。………妹は既に他界していますので」
「……ごめん、」
咄嗟に失礼を詫びたが、同時に自分の耳を疑っていた。彼女の言葉に被るようにして、何者かの声が聞こえた気がしたのだ。屋敷に入る時に感じた冷たさが再び背中を走る。そして、一つ繋がるものがあった。彼女は『首を探して欲しい』と言い、身内で『亡くなった妹』がいる。つまり、彼女が本当に探して欲しいのは、故人となった妹の首ということになる。僅かな沈黙からこちらの思考を悟ったのか、彼女はもう一度頷くとその通りだと答えた。
「探偵さんの考えている通りです。探していただきたいのは、妹の首です」
「でも、どうしてそんな物騒な探し物を?もしかして、妹さんの死因に関係してるってことかな」
「妹は自ら命を絶ちました。けれど、その遺体には首から上が無かったのです」
「現場のどこにも?」
「どこにもありませんでした。ですから、探偵さんの力を借りて見つけ出したいのです」
彼女は今、どのような顔をしているのだろうか。自分達を頼るまでに一体どれほどの時間が無意味に過ぎ去ってしまったのだろうか。身内を亡くすということの痛みは永遠に残り続ける。特に、外因性のある死ならば。彼女は、自分だった。大切なもう一人を亡くしてしまった、数年前の自分自身だった。
「分かりました。この件、とことん付き合いますよ」
「よろしくお願いいたします。私はこの部屋にその手掛かりがあると踏んでいるのですが、」
彼女の話によると、妹はロープを使用した首吊りによる自死を選んだそうだ。発見された当時、妹の遺体はかなり腐敗が進んでおり、『胴体』と『頭部』が断裂するように二分されていたのではないかと語る。当時の状況を語る彼女は時折、言葉を続けられず、その時の悲惨さを言葉でなく表現しているようだった。妹の遺体は『胴体』のみ警察によって回収され、葬儀まで取り付けたそうだが、それも近しい親族のみで執り行われたらしい。何故なら、妹の遺体は本来『胴体』と『頭部』の二つ存在していた。しかし、手がかりがあると思われたこの部屋からも『頭部』は見つからなかったのだそうだ。
「両親は妹を亡くしたこの家には住んでいられないと出て行きました。ですが、私はどうしても離れられなかったのです」
「妹さんのことを思って」
「私から見ても生前の妹は、日々精神的に滅入っていくのが分かりました」
でも、何故妹が死を選んだのかまでは分からなかったのだと言う。何もかもが突然で、刹那のようにも、永遠のようにも感じられたと。まるで、昔の自分を見ているようだった。理不尽な悪意によって大切な姉を奪われた自分からすれば、彼女をただの依頼人と割り切れない気持ちがある。
まずは依頼人である彼女、みょうじなまえから全ての情報を聞き出すこと。次に許される範囲で物品の調査にあたること。そして、どんな形でも良いから結末に辿り着くこと。それが自分に出来る全てだった。
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