「おう、よう来たな」

 真昼の神室町、SHINEというキャバクラになまえは一人呼び出されていた。そして、真島との約束通りに店へとやって来るや否や、自身を出迎えたのはピンクのパイソンが目に突き刺さるゴロ美姿の真島だった。今まで何度かなまえはゴロ美と顔を合わせたことがあるが、今日はどこかいつもと違うように感じられる。真島……、ゴロ美は自身の隣に座るよう、なまえを誘導した。革張りの赤いソファーに足を広げて座る様は、どことなく真島らしさが窺えた。

「今日はどうしたんですか、ま……、ゴロ美さん」
「どうしたもこうしたもあらへん。最近のなまえちゃん、ちぃと気が緩んどるちゃうんか」
「気が緩んどる、と言いますと?」
「俺……、ウチという存在がありながら、最近のなまえちゃんは他所の男に浮気がちになっとんねん」
「浮気だなんて、そんなこと身に覚えがないですよ……!」
「いいや、浮気や、浮気。ウチ、もう我慢出来へん」

 ゴロ美は激怒していた。かの有名な真島吾朗という男を差し置いて、なまえが他所の男に気を奪われていると知ったからだ。そして、ハッキリさせなければならないと決意した。如何になまえが無防備で付け狙われているのかということを。しかしながら、なまえは依然として心当たりがない。浮気と言われるようなことはした覚えがないのだから。ゴロ美となまえの間で『浮気』という言葉に認知の歪みがあるのだと知り、なまえはまずゴロ美の主張を聞いてみることにした。

「最近は三人の男とようつるんどるなァ、なまえちゃんは」
「三人って、もしかして、」
「大吾、冴島の兄弟、桐生ちゃんのことや」
「ああ、確かに最近は何かと一緒に居ました」
「俺の言うた通りやないか!これを浮気やない言うたら、一体何やねん」
「ああもう、そんなに暴れないでください……!スカートの中、見えちゃいますよ……!」

 今にもテーブルに足をかけんばかりのゴロ美を何とか宥め、なまえは更に詳しく説明を求めた。すると、ゴロ美から返ってきたのは、ここ最近のなまえだけではなく、堂島大吾、冴島大河、桐生一馬の三人の様子の変化についても語ってくれた。

「なまえちゃんがつるんどるあの三人、明らかになまえちゃんを意識しとる」
「それは考え過ぎじゃないですか?私は三人とも普通に感じましたよ」
「そりゃあ、明け透けにするタイプやないやろ。あの三人は」

 まあ、大吾は鎌かければ自分から吐くからええとして、問題は冴島の兄弟と桐生ちゃんや。とゴロ美は至って真面目な顔をしていた。確かに冴島と桐生の二人は内情をあまり表に出す人間ではない。大吾に至ってはゴロ美、いや、真島が少しでも詰め寄れば自ずと話してくれるはずだ。

「んで、ウチを差し置いて三人とどう仲良うしとったんや」
「どうって言われましても、」
「ええから、何しとったか教えてくれや」
「分かりました。ええっと、」

 なまえがあの三人とどのように過ごしたのかは以下の通りだ。まず初めに桐生との話をしようと思う。桐生は知っての通り、真島吾朗と個人的な付き合いがある人間で、一時期は真島に付け狙われていた。真島となまえの関係性は勿論知っており、今更不純な動機でなまえとの接近を企んではいない。つい最近では、二人でゲームセンターで遊び、帰り道を共にしたのが記憶に新しい。

「ほぉん、桐生ちゃんと一緒に帰ったんか」
「はい。あれは確か私が神室町のゲームセンターに欲しい景品を取りに行った日ですね」
「あァ?なんや、なまえ。あの後、一人で行ったんか」
「だって、真島さんの都合がつかないって言うから」

 その日、真島の元にはなまえから一通の連絡が届いていた。どうしても取りに行きたい景品が神室町のゲームセンターに入荷するとのことで、予定が合えば一緒に行かないかといった内容だった。確かにその日は真島側の予定が合わず、行けない旨を連絡していた。まさか、そんな日に限って桐生がなまえと一緒にいたとは。

「ほんなら、兄弟は何だったんや」
「冴島さんですか?冴島さんはですね、」

 冴島大河も桐生同様、なまえと真島の関係を知っている人物だった。寧ろ、兄弟分である真島が無茶なことを言っていないかと、時々気にかけてくれていた。もし二人が喧嘩をした時は真っ先に間に入ってくれるとも言ってくれたほどだ。そんな冴島とは、最近一緒に食事をしたのを覚えている。
 その日もまたなまえから真島の元に連絡が入っていた。どうしても食べに行きたい店があるのだが、一人では厳しいから一緒に行かないかと打診をしていた。しかし、またもや偶然なことにこの日に至っても真島の予定に空きがなかった。諦め切れないなまえはダメで元々だと一人でその店に向かっていたのだが、その道中で冴島とばったりと出会し、経緯を明かせば俺が付き添ったると一緒に来てくれたのだ。

「あの兄弟が、一緒にやと?」
「私の好きなキャラとそのお店がコラボして、特別なメニューを出したんです」
「あれか?最近流行りの、」
「はい、冴島さんのおかげで全メニュー制覇出来ました」

 またしても自分の不在時に桐生や冴島になまえを取られていたとは。内心、焦りが募る。どう考えても、いや、今はまだ考えるべき時ではないと、ゴロ美は最後に大吾についてなまえの話に耳を傾ける。

「な、なら、大吾は何やったんや。ゲーセンもコラボメニューもちゃうやろ」
「大吾さんは、」

 堂島大吾については他の冴島や桐生とは毛並みの違う話だった。なまえもどこか厳しい表情をしており、ゴロ美を怪訝そうに見つめていた。ゴロ美こと真島は途端に居心地悪くなったが、そこから先が聞きたいと続きを急かした。

「真島さんの上手い対処法が知りたいって相談に来てたの」

 真島さん、いつも大吾さんに何を言ってるんです?本当に困ってる顔してましたよ。い、いや、それはアイツが根性足らんだけで……。真島さんの方が年上で先輩ですよね?か、堪忍や、なまえちゃん。
 なまえ曰く、大吾は真島と関係を持つなまえに都度相談を持ち掛けているそうだ。東城会の極道としては大幹部である真島は大吾にとって冴島同様に頼れる相手なのだが、持ち前の突拍子のなさに手を焼くことがあるのだと零していた。無茶ぶりとも言えるようなことを平気で言い出しては勝手に話を進めてしまうなど、大吾の知らないところでの動きに困る場面が多いと。

「だから、真島さんにどうやったら自分の話を聞いてもらえるかって相談しに来てるんです」
「……大吾、アイツ、そないなことを、」
「あんまり組織のこととかよく分かりませんけど、あの大吾さんが私のところに来るんだからよっぽどなんでしょうね」
「も、もう、勘弁してや、なまえちゃん、」

 ゴロ美、いや、真島は綺麗にセットした金髪を揺らし、煌びやかな顔面のメイクすら霞むほどにがっくりと肩を落とした。恋人である自分よりも周囲の男達の方が恋人然としている事実が真島の胸に迫る。てっきり周りの男がなまえにちょっかいやら手やら何やらを出しているものだと思っていたが、それは大きな間違いなのだと知ると、真島はそのままソファーの背もたれに体を預け、陽気だった口元も寡黙になってしまった。なまえは真島の変わり様に小さく溜め息を吐くと、ゴロ美さん、と張りのないピンクパイソンに声をかける。

「そんなあからさまに落ち込まないでください」
「俺の思い違いやったんや、なまえちゃんは俺がおらんくても毎日楽しくやっとったんや……」
「だから、それは誤解ですってば」

 ずいっとゴロ美の真隣まで距離を詰めて座ると、落ち込んだ顔をしたゴロ美の手を取る。赤の輝きが美しいネイルの指先を撫でれば、ゴロ美は徐々になまえに前のめりになっていく。

「許してくれるんか、なまえちゃん」
「許すも何も怒ってないですよ。寧ろ、怒ってたのはゴロ美さんのほう」
「ホンマにええ女やな、なまえちゃんは」
「それで、今日はこんな話の為だけに呼んだんですか?」

 今日、私の予定空けてきましたよ。と告げるなまえにゴロ美は目の光を取り戻すと、ウチも。と語尾にハート記号を付けて返事する。

「ほんなら、桐生ちゃんと行ったゲーセン、兄弟と行った飯屋、大吾の悩み相談……、全部ウチが代わったるわ!」
「全部代わるって、もしかして付き合ってくれるんですか?」
「せや、アイツらに出来てウチに出来んことはないねや」

 ええか、なまえちゃん。とようやくゴロ美は独特の女らしさを全開に放ち始め、なまえの握り締める手を握り返した。しょぼくれていたゴロ美が復活し、なまえは安堵から笑みを浮かべる。

「クレーンゲームでなまえちゃんの欲しいもん全部取るまで帰らへん!兄弟と制覇した飯屋でもう一周制覇するまで帰らへん!大吾のおもんない悩みも今回は出血大サービスでウチが聞いたる!今夜は語り明かすで!」

 浮かんでいた笑みが即座に消え去る。ゴロ美の言い分があまりにも突拍子がなく……、そうか、大吾の悩みはこういうことだったのかと今になって問題の深刻さに触れたなまえは、忙しいだろうにこれから呼び付けられる大吾のことが可哀想に思えてならなかった。いや、意外と大吾の心配をしている場合ではないのかもしれないと考える頃には既に遅く、ゴロ美に引き摺られるがまま、なまえはSHINEを飛び出していくのだった。



| 度を越して氷点下 |


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